2019年6月13日木曜日

林道の一部舗装

毘沙沢林道は昨年100mの舗装工事を実施頂きましたが、今年も同様の工事が確定しています。
昨日、現地で工事範囲の確認が行われ、毘沙沢の現舗装個所から続けて下流側に100mと決まりました。

工事範囲は上の写真から下の写真の白線まで

施工時期の詳細ははっきりしませんが、7月末には終わるとの話。
通行止めになるのは、最終アスファルト舗装工事の1日だけとの事でした。

工事中は工事車両が行き来しますが、交通への影響が出るほどではないとの事です。

2019年6月6日木曜日

扉の納品

昨年の今頃作った大きな箱。
その扉の製作が終って、納品。

本来、こちらで運搬するはずだったのですが、先方の予定が早まり取りに来ていただく事になりました。
針生の設計者。
若い建築設計者とお話する機会は最近少なくなっていますから、久々に昔を思い出す時間でした。

担当している郡山の改装住宅の話など伺って、スマホの使い方に話が及び、最後は車の話題。

扉は後日建具屋さんの手で取りつけられます。
上手くいきますように。

2019年6月5日水曜日

線量計が鳴る

6月2日13時半開場、14時開演。
少し早めにと思って、13時半目指して出かけました。

交流館に到着して、トイレに入ろうとしたら一足先にドアを開くお年寄り。
2つの小便器に向かってツレション。
ちらりと顔を覗くと・・・中村敦夫さんでした。


会場に入ると、すでに8割がた席は埋まっていた。
顔見知りも見受けられました。

2016年から始めた朗読劇は今回で77回との事。
東京生まれと聞いていたのに流暢な福島弁。
さすが俳優、と思ったら大戦の疎開から高校生までをいわき市で過ごされたとの事・・・納得。

怒りをバネに100回を目指す79歳。
大したものです。

劇の内容は「朗読劇『線量計が鳴る』」をお読みいただければと思います。

毘沙沢も原発は反対です。

2019年5月31日金曜日

良いことが・・・。

市立柏高校の吹奏楽部が只見町に来るらしい。
町政施行60周年事業の中に組み込まれ、7月20日と・・・スケジュールも抑えられている。

いつかはこういう事が起きないかと期待していたし、働きかけるチャンスも探していた。

柏市の高校生がこの町に来ることは・・・楽しみ。
ふるさと交流都市の関係をおおいに活用して、交流人口を増やすことは大事です。
7月20日、予定に入れましょう。

ここ数日、すがすがしい気候に戻りました。
恐ろしいようなカメムシも収まったところに、来客がありました。

千葉県鋸南町から、お友達夫妻。


そして、鳥や虫や植物などに興味と知識の豊富な若者たちが福島市から。
高原さん、皆さん、何時でも遊びに来てください。



2019年5月26日日曜日

町から人が消えていく・・・その7

毎年今の時期に同じテーマで書いています。
これは、このブログを多くの都市部の方々が読んでいる事。
過疎とか人口減少とか、連日のようにマスコミで取り上げられていますが、果たして毘沙沢の地域での実態は・・・と、身近な話題として見ていただきたいとの思いからです。

この町出身の都会生活者の方々にも知って頂きたい。

2009年4月1日現在5,044人であった只見町の人口は、10年後の今年4,161人となっています。
10年間に883人・17.5%の人口減。

昨年の4,236人からは75人の減少です。
高齢化率は、昨年の45.85%から46.44%になりました。

今年度の小学新入生は3校合わせて14人。

数字ではそのようになっていますが、この間に私も良く知る長次さんが事故で亡くなっています。
色々な事の出来た人でした
我が家の屋根のペンキを数年前に塗りなおしていただきました。
多くの町民が当てにしている人材がこの世を去ってゆく。
とても悲しく、切ないことです。

昨日、柏の葉吹奏楽団の結団式がありました。
また今年も沢山の楽譜を頂きました。

そして、毘沙沢に戻って早々・・・訪問者あり。
悪い事ばかりではない。

2019年5月22日水曜日

その後のご報告

21日はだいぶ前から薪割志願の〇川さんが来る予定でした。
一日十分に薪割りして頂ける量の丸太を用意していましたが、残念ながら朝から雨。
それでも午後からは雨が上がって、何とか、6割ほどを片付けて頂きました。

斧で手で割っていると話すと感心されますが、これは結構面白いのです。
〇川君もそろそろ薪割達人の域に達してきましたね。

久々に、針生の岡村さん来宅。
3.11以来「さよなら原発」の活動をされています。

6月2日(日)御蔵入交流館 多目的ホールにて14時開演、木枯し紋次郎で知られている中村敦夫さんの一人芝居の御案内。
面白いお話が聞けそうです。




2019年5月19日日曜日

くさむし

カメムシの事を、この辺りでは「くさむし」と称するようです。
臭いにおいを出すからでしょう。

昨年の秋大発生し、越冬していたカメムシがゾロゾロと出てきます。
屋根裏などから明るい室内に出て窓に集まります。

窓を開けておけば外に出ますが、解放窓の少ない我が家は大変です。
数日家を留守にした日の午後、窓にこんなに集まっていました。


これは異常です。
怖いようです。

17日、15年と数か月の寿命で車が引き取られていきました。
まだ十分に走るだけに、少々残念です。

2019年5月11日土曜日

新しい車

3月の追突事故で助手席側の前面を破損し、当初は何とか修理して使いたいと考えていました。
しかしながら、保険会社の査定では全損の評価。

安く修理できる工場を探して、保険金以内で修理できれば使い続ける可能性もあったのかもしれません。しかしながら、2人共に高齢者、今後どれだけの期間車に乗り続けられるのか・・・と考える時、これが買い替えのチャンスとも思えました。

であれば、安全な車にしたい・・・ハイブリットだな・・・新車だな。
雪国の冬の運転も考えなくては・・・家具屋は家具の運搬にも使うし。
そんなことで、今までと同じエクストレイル。

カタログを見ているうちに、段々と面白くなって、必要のない「プロパイロット」なども装備したものになりました。

令和元年5月9日が車検取得日。

それにしても、今どきの車はほとんどが電子制御・・使いこなすまでにはまだまだ時間が必要です。

あ、プロパイロット、自動車専用道で試しましたが、結構便利、優れものでした。

2019年5月1日水曜日

奥会津を愛する人たち

大型連休は山の中でじっとしていようと決め込み、家具、裂き織の仕事。
薪の生産などに精を出しています。

とても良い季節ですから、混雑する都会に出かけるのは勿体ない。

只見町には、この季節都会に出た息子・娘・孫などが遊びに見えます。
賑やかです。
毘沙沢林道も、別荘利用者で賑わっています。

毘沙沢にも、今日現在沢山のお客さんが遊びに見えました。

奥会津の町では学校の先生、お医者さんなど多くの方が仕事で数年過ごします。
そして、転勤で離れて行きますが、そんな中、この町を大変気に入って、転勤後もたびたびこの町を訪ねて頂きます。

28日、昨年度まで町の小学校に勤務された信一さんご夫妻が、沖縄からのお友達夫妻と共に遊びに見えました。
コロンビア日本人学校での同僚以来のお付き合いだそうです。
そうした大切なお友達を毘沙沢にまでご紹介いただいて・・・有り難うございます。
楽しいお話が沢山出来ました。


今の時期、山菜を収穫するため、かっての住人が遊びに見えます。
「毘沙沢さんがいるから助かります。安心して来られます。」などとお茶飲みして、収穫物などお裾分け。

布沢に毎週末来て畑仕事をしているK君と分校でアルバイトの宇大女子。
若い人達とコミュニケーションは大切。
有り難いことです・・・若返ります。
いつでも来てね。
毎年この時期に只見町を訪れる和子さんのお友達。
今回は佐野さんも同行。
医師であるS氏夫妻、当事者である西日本豪雨のお話・・・只見町にお住まいだったSさん夫妻、3.11から只見の水害・・・本当に首都圏の震災が心配ですね。

交流人口うんぬんと話題になります。
それにはその地に住む人の魅力が大事だとつくづく思います。
そうした魅力ある場所と人に少しでも貢献できたことを嬉しく思います。
また是非お出かけください・・・お話聞かせてください。
有り難うございました。

この間、実はカメムシに悩まされていました。
昨年からの越冬数がいかに多かったか・・・です。

2019年4月21日日曜日

山の楽しみ・・・きこり

山の中にいると、季節の変化がとても身近に感じられます。
コナラが芽を出す前に薪にする木を伐らなくては。

2日前に数本倒しました。
そして今日は運べる大きさに刻んで運びました。

ナラは重たいですね。
薪の長さに切っても重たくて運べない物は現場で割ります。

廃車直前のエクストレイルは良く働いています。
新車になったらこの仕事は無理だな。

2019年4月16日火曜日

山の中に戻りました

桜が満開の塩原を通りました。
春爛漫。
塩原の桜

毘沙沢は、未だ雪が残ります。
でも、雪解けと共に福寿草が咲き、フキノトウが目を出しています。

まだまだ冬景色ですね

家の前の仮設の消雪池をかたずけ、工房の看板を出し、冬から春への模様替え。
看板が出て少し春

全損の車は、新しい車が届くまでは使えるとの事です。
新車が届くタイミングで保険会社が手配する引き取り業者に引き渡す段取り。
この車可哀そうだけど、新車何だか待ち遠しい。

2019年4月13日土曜日

ウクライナへの旅ー最終

4月12日朝、日本に戻りました。
一晩寝て、外の景色を見てTVのスイッチを入れると、昨日までが嘘のようです。

昨日は早朝に電球が3か所も点かない暗い客室で目を覚まし、「チェックアウト・プリーズ」などとフロントで話、でこぼこ道をタクシーで空港に移動。
ホテルで聞いていたタクシー代、現地通貨40フリヴニャ(160円)を100(400円)と主張され、仕方なく支払う・・・ウクライナは、ちょっと危険な国と聞いていましたが、私達はそのようには感じませんでした。
注意するように聞いていたタクシー代金、100に屈したのが唯一の失敗。
でも、すでにそれも懐かしい。


2017年、両国外交関係樹立25周年で「ウクライナにおける日本年」が開催されています。
その時に出版された「夏目漱石・夢十夜(ウクライナとロシヤ語に翻訳)」を戴きました。

日本大使がとても流暢なウクライナ語を話す、などと、日本に好意的でした。

未だ、ユーロ圏に属せず、発展途上の国とも見えますが、若い希望に満ちた国と感じました。
キエフ空港に展示の夢の住宅計画

キエフの郊外

果たして再び訪ねる機会があるのか、それは分かりませんが身近な国として注意していたいと思います。

もしこのブログを、ウクライナの方が見てくれているとしたら、お世話になったお礼を申し上げます・・・ありがとうございました。


2019年4月11日木曜日

ウクライナへの旅ー8

4月9日(火)、POLTAVAの丘の上の教会でエマが洗礼を受けました。
ゴッドファザーは友達のロマン。
ゴッドマザーは妹のナターシャ。


神父と打ち合わせ
左がロマン、右がナターシャ

12時から30分ほどの儀式の後、写真をたくさん撮って、その後会食。
会食は17時ぐらいまで続きました。
食べきれない料理でした

こうした機会のお陰で、遠い異国の多くの家族とお会い出来ました。
ウクライナの愛国心なども感じました。

10日、車でキエフへ移動し、現在空港の近くのホテルで書いています。
充実した日々でした。
楽しい経験でしたが、くたびれました。

あす、早朝から帰国の途につきます。

2019年4月10日水曜日

ウクライナへの旅ー7

4月8日(月)朝、地下鉄にて再度中心地の教会へ。
地下鉄は、ソビエト時代の物で地下100mに駅舎がある。
これは核シェルターとしての役割を持つとの説明。
100mを一気に下りる

地下駅

月曜日の通勤時間と重なり、ラッシュアワー。


午後、電車にてキエフの南東300キロほどのPOLTAVAという町に移動。
28万人ほどの都市。
娘の旦那の妹家族が住む町で、今回エマがこの地で洗礼を受ける予定。
電車にてキエフからポルトバへ

アパートの一室で歓迎の夕食。
ポーランドの家庭料理、手作りのソーセージ、手作りのワインなどでおもてなし。

エマの従妹になる2人