2008年3月31日月曜日

クリのスツール



私の家には東京からいろいろな方が訪れます。数年前になりますが、私が務めていた設計事務所の先輩と一緒に、女子美のT先生が遊びに見えました。

T先生とは仕事の上で何度かご一緒した事があります。私が家具を製作すると言うことで、先生の工房でお使いになるスツールの依頼を受けました。

それ以後何度か修正して、現在このようなものをたびたび作っています。3本脚は安定感が良く、座の形はお尻にフィットします。軽いのでどこにでも移動します。

その後オフィスの中でも使われています。素材はクリ。オイルフィニッシュ。

工房毘沙沢の家具



100~200年掛けて育った木を製材し、乾燥し、加工して、幾世代にも渡って使う事の出来る家具を作りたいと願っています。

素材は、ナラ、クリが主です。多くは原木丸太で購入し、製材して十分乾燥したもの、乾燥機に入れたものを使っています。

整作はほとんどが受注生産で、新たにデザインし図面にしてから作ります。最終仕上げは植物油を主剤としたオイルを使用しています。

2008年3月27日木曜日

林道除雪


毘沙沢林道は雪と共に閉鎖となります。そうした私達の越冬生活もこの冬で7回目となりました。

厳しい暗い寒い越冬は林道の除雪で終わります。それはとても待ち遠しいもので林道除雪が私達にとって春の到来そのものなのです。

そんな重要な日ですからここ数年の記録を残しておきます。平成16年4月7日、同17年4月15日、同18年4月8日、同19年3月24日、そして今年は3月27日。

温暖化で最近は雪が少ない?そんな甘いものではありません。とにかく、今年も除雪と共に毘沙沢にも春が来た事をご報告します。

2008年3月26日水曜日

つる細工



かつて、雪国では冬の期間、家の中で出来る作業を強いられました。そんな中に、アケビ、クルミの皮、マタタビなどを組んで生活用具を作る仕事が有ります。

只見町では1月から3月の間、毎週各地区センターでつる細工教室が開催されます。私達も参加しました。

只見民芸品保存会の先生方に教えていただきました。皆さんこの間は秋に収穫したアケビ、クルミを使って楽しみながら沢山の作品を作ります。

今日は最後の日、お昼は持ち寄りパーティー、そんな中でも材料調達、研修旅行の話に花が咲きました。只見のつる細工はまだまだ盛んです。

2008年3月25日火曜日

森林の分校ふざわ


只見町立明和小学校布沢分室は昭和33年に建築され、同57年に廃校となりました。

その後平成9年に改装され宿泊できる山村のくらし体験施設「森林の分校ふざわ」になりました。当初は町の直営でしたが昨年4月民営化し、私たち「森林の里応援団」が運営しています。

木造2階建て、2階の3教室を宿泊室としています。布沢川流域の活性化施設として地域住民の希望の星になる事を願っています。http://www.fuzawa.jp

裂き織り


先日、東京の先輩の奥さまから突然電話。母親が亡くなり、残った着物の整理をしていて、不要の物を裂き織りに使って頂けないかとの申し出。

有り難く頂戴したいと返事。数日後にダンボールで届いたが、雪のため運べず、少しリックにしのばせ、こんなものが出来ました。妻の仕事です。

春の気配


         日当たりの良い南斜面には、気の早い福寿草が咲き始めました。


2月までに降り積もった雪も、3月に入って暖かい日が続き、だいぶ少なくなりました。
毘沙沢林道は未だ雪のため車が入りませんが、27日除雪が決まりました。毘沙沢の春は林道の除雪で始まります。もうすぐです。写真右奥の山が布沢城の跡、城山です。

2008年3月24日月曜日

毘沙沢(びさざわ)


私達の住む毘沙沢は、只見町布沢集落からさら2.5キロの林道を山に入った終点の一軒家です。

かつては梁取姓の7戸の集落でしたが、昭和44年に会津地方を襲った集中豪雨の被害がひどく、離村し、残された一軒が私の家になります。正確には神社と蔵が残っていますから3建物です。2年前まではさらに一軒有りましたが、焼失しました。

かつては毘沙沢村として永い歴史が有るようです。家の東に布沢城跡が有り、戦国の頃、山城として使われていたようです。

周囲は山に囲われていますが、田んぼの作れるところには、ことごとく田の跡が残ります。棚田です。昔を知る人は、毘沙沢の田は素晴らしかったと話します。現在は全てが自然に帰りつつあります。

周囲の山は里山で、楢、クリ、ケヤキ、桜、ホウ、栃といった広葉樹林です。もちろん生活のため、杉も植えられています。