2017年3月21日火曜日

南会津吹奏楽フェスティバル2017終わる

毘沙沢からの参加は雪の中から・・・となります。
本番前日、参加に向けて家を出る
19日、9時前に家を出る・・・このシーズン最後の雪上歩行は1時間ほど、車庫で車に乗り(2週間ぶり)会津田島へ向かう。

13時から中学、高校、社会人の合同練習開始。
18時から田島吹奏楽団のリハ―サル。
宿泊は駅前のホテル(この時期は未だ夜の毘沙沢へは戻れない)。
舞台設営

本番前日の合同練習
20日、9時集合、10時から合同ゲネプロスタート。
13時30分開演。
学生合同バンド・・・指揮:佐藤志保

フェスティバルSPバンド・・・指揮:武山悟

南会津吹奏楽フェスティバル参加の魅力は、この地の若い皆さんと共に活動できること。
それぞれの生活に寄り添う機会が、少しですが得られること。
田島吹奏楽団・・・写真提供:崇史さん
今回も、ホルンを共に吹いてきた千翔さんが、高校を卒業し東京の専門学校に巣立ち。
ピアノの大地君がやはり東京の音大に学びの場を移します。
人生の一コマを共有できることは幸せな事ですね。
ホルンの3人・・・写真提供:崇史さん
終了後、打ち上げには参加できませんでしたが、その日のうちに柏にたどり着くことが出来ました。

2日間の演奏旅行・・・若い皆様に感謝。


2017年3月17日金曜日

只見の自然に学ぶ会・毘沙沢訪問

昨年は雪が少なくて実現しなかった只見の自然に学ぶ会・毘沙沢雪上訪問企画。
10名の会員とワンちゃん3匹の参加。
林道を歩いて毘沙沢へ

森林の分校から雪道(林道)を毘沙沢まで歩き、我が家で昼食を取り、お茶をして、そして今回は佐野さんの先導で布沢城址登山でした。
定番のカレー
こんな感じでいつもの毘沙沢の昼食(いろいろお持ちいただきましたね)
城山登山途中、さすがお城の急斜面

森林の分校を9時30分発・・・毘沙沢11時着
布沢城址登山は我が家13時発、山頂14時着、15時帰還
城山の頂上で・・このように平坦です

登山途中、あいにく天候悪化、まさに雪山登山でした。

私は、何回か布沢城址には登頂を試みをしていましたが、頂上まで登ったのは初めてでした(何時も見上げているのに)。
頂上は広々としていて、ここが戦国時代の山城であることが実感できる体験でした。
我が家の前で記念撮影:レンズが雪でこんなことに(>_<)

雪が重たくて、ざらざら滑って、下山が怖かった。

雪道を毘沙沢までお出かけいただいて、ありがとうございました。
久々に賑やかで楽しかった。


2017年3月15日水曜日

裂き織も

まだまだ雪に囲まれて、物づくり。
今日は、注文を受けていたマフラーが出来ました。
裂き織のマフラー
6日に「木取」で書いた注文の椅子の部材は、少しづつ形になっていますが、しばしお待ちください。
丸ホゾはカナダ製のこんな道具を使って加工します

2017年3月14日火曜日

組み合わせる

カッティングボードで組み合わせを楽しむ。
何だか良い感じ。
色々な組み合わせで食卓テーブルを豊かにしてみよう。

2017年3月12日日曜日

散歩

朝から晴天。
外気温マイナス8度。
裏山に散歩。

日曜日をのんびりと過ごしている都会の毘沙沢フアンへ御裾分け。
左奥が城山・右が棚田

スノーシューです

右下の屋根が我が家

尾根の楢の巨木・私はかんじき

尾根を下から見上げる・坂田方向を見る

2017年3月9日木曜日

庁舎への想い・・・その2

今までいろいろ書いてきました。
色々考えて書いてきました。
興味本位で書いてきたわけではありません。

多少の当事者(設計者選定の一人)の「はしくれ」として真剣に、この町のためにと思って向き合ってきたつもりです。

今日、議会の一般質問を聴きながら、ちょっと寂しかったです。

町民の為、町職員の為、議員の為、皆さんが笑顔で喜んで活躍できる場、そんな新庁舎をイメージして微力ながら努力し、助言もしてきたつもりなのです。

小さな町の中で訴訟などもっての外。
怪我人を出している場合ではないでしょう。

このままでは、しばらく新庁舎の新たな可能性(前向きで創造的なという意味です)は無さそうです。
それで良いのでしょうか。

このままこの町が元気を失う・・・新庁舎計画が消滅しないために(私は建築の力を信じています)。
今一番可能性のある方法を改めて考えています。
そうです。
お蔵に入っている設計図書を取り出して、これを見直して活用して、無駄のないやり方で新庁舎を実現する方法です。
冷静に考えれば、これが損失の少ない近道の選択なのでしょう。

1億2千万円の設計図書を生かしましょう。
1億2千万円を無駄にしないためという意味ではこれ以外にないでしょう。

冷静に考えれば入札に失敗したというだけではないですか(勿論、いろいろ不満は有るのでしょうが、これからだって完璧は無いのですから)。

もし、素敵な素敵な、優しく思いやりのある、そして若者が憧れるこの町の未来を願うならですが・・・・今まで計画を進めてきた方々も、こうした気持ちをもって、と思うから。

責任追及はこの町に似合わない。
設計内容を見直して予算に合わせる行為は、日常的に行われている設計行為の一部なのですから。

追伸:今後の検討の中で、話題にする価値のある考えの一つとして提案しています。
   もう一度是非、出来上がっている設計図書を拾い上げてください。

この間の私の新庁舎への関わりと思考の経緯は下の「ラベル:新庁舎」をクリック頂けると見ることが出来ます。


2017年3月6日月曜日

木取

椅子の制作をスタート。
木取の作業は、製材した材からいかに適材を切り分けるか・・・です。

特注家具の場合・・・丸太製材時点では作るもののイメージなしに製材した材から・・・必要寸法の材を切り分けるため端材が沢山出ます。
楢のような広葉樹は、さらに節や割れを外すため効率の悪い作業となります。
図面に合わせて木取ます

端材はストーブの燃料となります
更に、椅子などの場合、強度を要する部材は若い時に成長した部位を用います。
効率を考えながら、妥協との戦いです。

2017年3月5日日曜日

カッティングボード2点

だいぶ昔に作ったことのあるカッティングボード。
形を単純にして、手軽な大きさで再度製作してみました。

素材はクリを主に製作します。
販売は毘沙沢に来ていただく方優先かな。

あるいはメールか電話でも受け付けますが、郵送は原則いたしません。
涙型

短冊型

サイズ
1.涙 型 :185×215mm 厚さ16mm
2、短冊形:120×300mm 厚さ16mm

お値段はどちらも1枚 1600円
註;木目がそれぞれ違いますので、現物を見ていただいて決めていただくと良いですね。
  今の時期、それってすごく難しいんですけど(>_<)

2017年3月1日水曜日

南会津吹奏楽フェスティバル

3月20日、今年も南会津吹奏楽フェスティバルが開催されます。
南会津の実力を聴きに来てください。
中学生も高校生も頑張っています。

私達は、田島吹奏楽団で出演します。

留守の間に

毘沙沢を留守にしている間に、佐野さん、精力的に歩いています。

このコースは、1日かけて遊ぶのには実に良いコースです。
でもこのコースは上級者コースですね。

初級者は毘沙沢林道コースかな。
明日、我々は林道を歩いて雪の中に戻ります。

2017年2月25日土曜日

「空家活用促進隊」募集中・・・再度

1月28日にも書きましたが、締め切りが近づいてきました。
3月18日までに応募しましょう。
問い合わせ先:只見町・明和振興センター 電話:0241-86-2111

詳細は、只見町のホームページから確認できます。

・只見町地域おこし協力隊として4月から、明和振興センターで活動できます。
・住宅は町が負担。
・活動に係る車両及びパソコンは無償で貸与。
・社会保険等加入
・月額218,000円以内の給料です。

今現在該当者がいないと聞いています。
今年度は大竹さんが協力隊として1年間活動してベースが出来ました。
地元の住民組織「明和自治振興会」も応援します。

是非是非、只見町に来て下さい。
そして新しい活動を私たちと共に始めましょう。

2017年2月23日木曜日

新庁舎への想い

新庁舎のことは、その後いろいろな方が考え、この町の将来を思い描いていることと思います。
私も、多少関係を持った者として、気になり、僭越ながら。

菅家新町長が就任し、身の丈に合った新庁舎という表現がされています。

今後の進め方については、2016年9月7日のブログでの提案から私の考える基本は変わっていません。
そうした中で、この町にふさわしい新庁舎は、無駄のない、自然に優しい、町の資源(人も物も)を最大限生かした物であるべき、という気持ちを強くしています。

その意味で、現庁舎を再利用する可能性をもう一度精査し、ここ数年の新庁舎への検討内容を、既存庁舎の再生のために使い、最先端庁舎として生まれ変わらせる。
そう、古い庁舎が新しく生まれ変われるという事実が、この町に希望をもたらすのだと、最近思い始めています。
日経アーキテクチュア1月12日号の青森県庁舎の記事

青森県庁舎再生工事は2018年度末竣工予定
これは、只見線復旧、いや再生にもつながるコンセプトであり、ユネスコエコパークの町にふさわしい考え方ではないでしょうか。

すでにご存じとは思いますが、現在青森県庁舎では減築による耐震改修工事が進められています。
これからの建築の在り方の一つと評価される動きです。

2017年2月21日火曜日

昔の仕事・・・その24

大宮聖苑は、私の仕事とは言いにくいのですが、退職前に関わっていた幾つかの仕事の一つで、最後の仕事にふさわしいので「私の最後に関わった仕事は火葬場なのです」などと紹介しています。
上空北西方面から、奥が見沼田圃
1997年11月に基本計画が始まった時は大宮市との打ち合わせで始まり、2000年基本設計、2001年に実施設計、実施設計の途中で私は仕事から離れていますが、その後大宮市は合併してさいたま市となり、着工までに2年ほど間が空いたようです。
竣工は2004年5月。

設計は宮崎淳さんを中心に、広瀬隆志さん、渡辺縫さんなど若手がまとめました。
火葬場という特殊な建物で、設計から竣工まで6年半をかけていますが、良い建物になったと、竣工直後に見学させていただいて思いました。
火葬炉12基で斎場を持たない施設となっています。

設計の途中で仕事から離れましたが、チームの中では最後まで担当部長として扱って頂いていたのが嬉しかったです。

これで、昔の仕事シリーズ(建築編)は終わりにしようと思います。
このように多くの仕事に携われたこと、色々な方々と共に仕事のできたことに感謝しています。

この下の「ラベル:昔の仕事」をクリックすると、全シリーズを見ることが出来ます。

2017年2月20日月曜日

すれ違いの訪問者

こうした時期の、こうした訪問者は初めて。

この地域では、かつてはこのように、尾根を歩いて近道をして移動していたと古老から聞いていました。

子供たちも、冬季、週末の休みを自宅で過ごし、寄宿生活に戻るとき、早朝の帰路は山の尾根道だったと聞いたことがあります。

山に親しんだ人たちには、こうした行動に抵抗がないことを知りました。
山で繋がると、毘沙沢と坂田・仲村は実に近い・・・以下は佐野さんの報告書。
今回の佐野さんのルート

2017年2月19日日曜日

長い一日でした

毘沙沢での雪堀作業も一段落して・・・これで一安心。
しばし暖かい処へ移動して・・・などと予定を立てていると「明日、お邪魔しようと思っています・・・」と佐野さんから。
林道を通らずに、ショートカットして尾根づたいに雪の中を・・・さすがに山家。

しかしながら結果はすれ違いました。
同じ時間に、我々は林道を歩き、佐野さんは山の中を歩いていたようです・・・たぶん近くを。

車庫で車に乗り変え、区長に会い、郵便局に寄り、町への書類を預け、一通りの用事を済ませて田島へ向かいました。
そうなのです。
14時開演のヴァンサン・リュカ氏のフルートを聴くために。

素晴らしい演奏でした。
これがフルート・・・という音色でした。
ほのぼのとした演奏会でした。
そして、会場では多くの顔見知りにお会いもしましたね。
これが地方の心地よさ。

夕方からは、同じ「御蔵入交流館」で吹奏楽の練習。
合間に暖かく明るい図書館で雑誌など読みます。
なんと恵まれた環境・・・地方は豊なのだ。
お気に入りの練習場
夜の強行ドライブで、日にちを超えて柏にたどり着きました。
またまた長い一日でした。
でも、色々な方にお会いできますし、ちょっと遅いバレンタインなどに温めてもいただきましたし・・。

佐野さん、お会いできなくてごめんなさい。 

2017年2月17日金曜日

雪との攻防

高齢者の、年老いた除雪機による3日に及ぶ雪との攻防が終了。
朝から奮闘

家の外周長さが50m、除雪エリヤは家から平均2.5mとして125㎡、積雪の平均高さを1mで換算すると125㎥、比重はとても重いので0.8と考えると100トンとなる。

4トントラックで25杯・・・ゲゲゲ。
本当かしら???
ま、半分としても12台分。

良く働きました。
きれいに片付いた北側

水の力で助かる南側

信頼関係の確立できていない、相棒(除雪機)と共に戦うのは疲れます。
信頼関係の築けない相棒
女房と、今度の冬までに新しい機械買いましょう・・・と。

2017年2月16日木曜日

雪を掘る

昨シーズンは楽しましたから、今年のここ2週間ほどの連続降雪はしんどい。

毘沙沢はご存知のように、2.5km山の下までしか車が入りませんので、ま、雪に埋まっていても良いのですが、そうすると、外にも出られない状況で、家の中がすべてとなり、精神的につらい。
朝は寒いのですが、こんな感じで練習します
大きな民家は、雪に閉ざされても、家の中は広いので、ま、快適なのですが、それでも最近はこまめに家の周りを掘ります。

昨日、今日とで、7割がた家の周りを掘りました。
屋根から落ちた硬くて重たい雪を、家から3~4メートル外に移動する作業ですね。
下屋の屋根の雪は足元を掘ると落ちます

山との間は狭いので作業が難しい

機械がなければとてもできない雪の量ですが、除雪機なるものがあるおかげで、そうした重労働も可能です。

そうした意味では、昔のように大家族でなくても雪国の生活は可能、ということでもあります。
真剣に考えれば、寒くない、雪に強い住宅というのも可能ということです。

毘沙沢は、そうした考えなしで生活を始めましたから、相当に厳しいですが。

毘沙沢林道には、別荘が何軒かあります。
車が入らないので、冬の利用は殆ど無いようです。

新たな移住者が増えると、雪国生活ガイド本とか、相談窓口とかが今後は必要になりそうです。

2日前の別荘の状態




2017年2月13日月曜日

昔の仕事・・・その23-2

六本木三丁目計画の続きです。

プロジェクトの再開は1999年4月。
プロポ案
この時、私は設計部長となっていて直接手を動かしにくくなっていました。

新たに構成されたチームで再スタートしましたが、条件が複雑ということもあり、全体のデザインがなかなか収束しない。
そうした状況を打開するため施主サイドから再度プロポーザルの話が持ち上がりました。

2000年3月14日、大木雅彦さんをプロジェクトアーキテクトとしてまとめた案を提案しています。
私はこれで決着したい、との思いで立ち向かいましたが、結果はNOでした。

プロポーザルの大木案

その後、外装デザインを長堀嘉一さん、全体を山縣充さん、黒部三木樹さん、小坂幹さん、中村智さんなどが係わることで実施設計は2000年末にまとまっています。

延べ床62,000㎡、地下1階地上27階。
高低差の大きな不正形の敷地で、地下鉄南北線・六本木一丁目駅に接続し、業務、商業、住宅の複合、総合設計、環境アセス、地域冷暖房など複雑な条件の中でよくぞまとめたと思います。
実施案・・・実施設計概要書より

着工は2001年2月、竣工が2003年9月末。
建物名は「六本木 T‐キューブ」
私は2001年9月末で日本設計を退職しましたので、最後の仕事の1つということになります。