2020年1月22日水曜日

今日の毘沙沢

朝からとても良い天気。
窓から見る雪景色は他では見られないものです。

この時期は、動物も虫達もお休み。
ですから我々も・・ですが、結構働いてます。

朝から、楽器の練習。
そして富美恵は裂き織の仕事。
現在販売中の裂き織ポーチ4点

私は今、譜面台の製作中。
製作中の譜面台

そして、今日のように天気が良ければ家の回りの除雪。
これは健康の為でもあります。

今日は林道に、この冬初めてブルは走りました。
今季初の圧雪作業
我々は明日、久々に山を下ります。

2020年1月21日火曜日

林道圧雪情報

昨晩からの雪は予想以上に積もっています。
という事で、町に林道圧雪の要請をしました。

先ほど、明日中にブルが入るとの連絡を受けました。
時間は定かではありません。
林道を歩く方は気を付けて下さい。

雪が似合う場所

雪が少ないと生活は楽です。
このまま温暖化が進んで雪が降らなくなったら、どれだけ生活が楽になるでしょう。
などと、悪魔は囁きます。

今朝からこの地らしい雪が降りました。
まだまだとても少ないのですが、それでも雪国の景色になりました。

やはり、このほうが似合うな・・・この場所には・・・。
今朝10時現在こんな感じです



2020年1月18日土曜日

来客が車で

今までも、1月に雪の上を歩いて尋ねてくる来客はいました。
あるいは正月明けに車で入れた年もありました。
でも1月18日に車で来た方は初めてです。

Fasebookでお知り合いになったOさん、福島市からわざわざ。
「ポツンと一軒屋で何回も見ています」というご挨拶から、始まりました。
こうした毘沙沢フアンがいてくれることは、励みになりますね。
いろいろとありがとうございました。

それにしても未だ車の入れる毘沙沢・・・助かるとはいえ、不安です。
予報では、まだしばらくこの状況が続きそうな気がします・・・豪雪地はどこへ。

2020年1月17日金曜日

毘沙沢の今日

今日、林道を歩きました。
例年では考えられないような状況です。

1月17日でこのような雪の少ない毘沙沢は初めてです。


車高の高い車でしたら今日現在走れるかもしれません。
住人としては有難いのですが、何だか変な感じ。

2020年1月16日木曜日

柏市の観光

柏市の人口は現在43万人ですが、この大都市化はごくごく最近の事で、幕末は軍用馬の放牧場(小金牧)が広がるのどかな田舎だったようです。
そんな歴史が、「旧吉田家住宅歴史公園」を訪ねると分かります。

吉田家は利根川の水運を利用した穀物商、醤油醸造業などを経て、競馬場の運営、そしてスポーツ振興にも力を注いだこの地の名主でした。
主屋と前庭
映画やドラマの撮影にも使えるようです

今日、ぶらりと出かけてみました。
長屋門

主屋の内部
長屋門カフェ・壁の斜材は江戸時代の物です、お洒落です

数年前(2013年3月8日にこのブログで書いています)と比べて、だいぶ環境整備されたように思います。
お茶や食事の出来る場所も用意されました。
ボランティアの案内の方が丁寧に説明してくれるのは変わりませんが、何だか充実した…ようなきがします。

柏市(只見町の交流都市)・旧吉田家住宅(国指定重要文化財)の宣伝でした。

2020年1月12日日曜日

毘沙沢林道を歩きました

全国的に異常に積雪量が少ないようですね。
スキー場はお困りでしょう。
只見町の雪まつり関係者も、頭を抱えているのではないでしょうか。
毘沙沢も考えられないような状況です。

1月11日とは思えない・・・

昨日、林道を歩いて下山。
林道の半分は雪の無い道でした。

夕方から下郷で行われた田島吹奏楽団の今年初練習に参加。
3月15日開催予定の吹奏楽フェスティバルに向けて・・・。
今年も楽しく・・・をモットウに。

練習が終わってから、関東平野まで移動しました。
柏着、今朝の1時。
ま、何とかこういう生活、維持できています。
感謝。


2020年1月8日水曜日

只見町「道の駅」基本計画策定委託プローザル

只見町には未だ道の駅がありません。
過去に幾たびか検討の会議体が出来、私も関係者であった時期がありました。

昨日、町のホームページに〖只見町「道の駅」基本計画策定委託業者選定プローザルの実施について〗が公表されました。

この中に「只見町「道の駅」基本構想」が有ります。

残念ながらこの基本構想からは、「只見型」、前向きな・夢の持てる「只見ならではの道の駅」が読み取れません。
深沢温泉「湯ら里」は重要なアイテムだと思いましたが・・・。

昨年末、明和地区の食を支えてきたスーパー「うおかく」が店じまいしました。
これはこの町の消費が、買い物は遠方の町へ買い出しに、この町の生産者は都会に出稼ぎ販売・・が主流になっている現実の結果でしょうか、残念ですが。

そうした環境の中、只見町の道の駅構想、何処にでもあるような道の駅、町内のバランス最優先の判断(のように見えます・失礼)で果たして10年後に存続できるのか・・。
余計なお世話かもしれませんが、人口が3,000人代になる町で・・・今から心配です。

どうか、優秀な提案者に応募いただきますように・・・祈ります。

2020年1月4日土曜日

今日の毘沙沢林道

今日、毘沙沢に戻りました。
途中、駒止峠は圧雪道路を走りましたが、例年に比べれば雪が少なく、台鞍山スキー場は未だオープンしていない状況のようです。

毘沙沢林道は、ブルは分校に待機していますが圧雪はされていません。
それでも今日は歩ける程度の積雪でした。
車では入らない方が良いと思いますが・・・。
今日の林道

今後の天気予報を見ても大雪の予報が無い・・・ように見えます。

状況に変化が出ましたら、林道の雪の状況、圧雪の予定など分りましたらお知らせします。

2020年1月1日水曜日

オリンピック前夜祭1964年

新年あけましておめでとうございます。
今年2020年は東京オリンピックの年・・・楽しみです。

東京オリンピック1964年の時、私は都立高校の1年生でした。
オリンピック本番の直前、東京の高校生が国立競技場での入場式各国行進の予行演習に駆り出されました。
私はオーストラリアの国旗を持って、音楽に合わせて入場行進した記憶があります。

また、開会式前日に後楽園球場で行われた前夜祭でファンファーレを吹く機会がありました。
前夜祭の事は、あまり記録にないようなので私の体験をここに書いておきます。

開会式1か月ぐらい前?あるいは夏休みの前?東京のトランペットを吹く高校生が集められて・・40人ぐらいだった思います・・楽譜を渡され須磨洋朔先生からファンファーレの指導を受けました。
その後、途中で1回ぐらい練習をした記憶があります。
前夜祭ファンファーレ

上手な先輩方はファンファーレ用のラッパを与えられましたが、私は自分のトランペットでの参加でした。

本番は後楽園球場バックグラウンド席の一番高い処だったと思います。
その時撮影した演技会場の写真がこれです。
東京母の会連合会の東京五輪音頭
小学生から高校生までの鼓笛隊

江戸の出初式

今見ると、野球場のままの会場に何やら敷物を敷いただけの簡素な設え。
この時代は、これでも一生懸命だったのですね。
何だかこういう素朴なの好きです・・・懐かしい。

2019年12月30日月曜日

12回目の年末の一言

今年も、私のブログを覗いて頂きありがとうございました。
この一年投稿数が何とか100を超え、昨年並みに書けましたが、それでもよく書けていた2016年の半分。
これはここ数年、毘沙沢での活動が縮小してきた現れでしょう。

4月にポーランドとウクライナを旅した事、夏に娘の家族が来日した事、後半に国内旅行が出来たこと・・・そして吹奏楽の演奏と年末の第九合唱に参加出来た事は私達にとって生きている証なのだが、反面毘沙沢での活動を圧迫してきたのかもしれません。

今回、北陸~関西方面を駆け足ではありましたが旅して感じたことは、どこの地域でも高齢化・少子化に悩んでいるが、そんな中でそれぞれがそれぞれの場の特徴を生かした試みで土地の活性化に挑んでいる姿。

私達の毘沙沢での活動は来年で26年目になります。
年齢を重ねた都会育ちには、豪雪地での生活が厳しさが増しています。

それでも、地元でも見捨てられた毘沙沢のような末端の地に留まることは、そこで永いこと耐えてきた先人への想いであり、それはきっと都会で生活する皆さんへのメッセージになると信じての事です。

このことにいち早く気が付いた芳賀沼整さんの昨年末の死は、実に残念です、悔しい。

来年も、まだまだ書きます。
毘沙沢という山の奥に暮らす都会者が、土ではなく風になってどのような暮らしをするのか、もうしばらく見ていただければ幸いです

来年も、皆さまにとって良い年でありますように。

2019年12月27日金曜日

整さんとの事

初めてお会いしたのは2002年10月、今から17年前になります。
私の建築界の先輩、堀江紀夫さんが、理科大で教鞭をとっていて、「面白い人が君の近くにいるから紹介するよ」の一言からでした。

芳賀沼整さんが、堀江先生を会津に招き、食事を共にし、我が家を訪ねたのが始まりでした。
スタジオの仲間と2002年




その後、スタジオの仲間を伴って良く遊びに来てくれましたね。
雪に埋もれて暮らす昔の生活が懐かしかったのか、雪の季節にも毘沙沢に現れ、ついに、2007年3月、スタジオのスタッフ・学生と共に毘沙沢で2日間に及ぶ雪の祭典まで企画した。
動画「場との対話・2007年3月23‐24日」は今も手元にあります。

その後、新潟、東北での災害では、仮設住宅の建設、復興への尽力、そして役目を終えた仮設住宅(ログハウス)の移設再利用などに面白がって取り組んでいた。
東北では、災害時の記録なども熱心にされていた。

最近は縦ログに本格的に取り組んでいる最中・・・。
誠に残念です。
家具の確認で、2018年夏

只見町新庁舎プロポーザルへの参加。
その後の家具の製作依頼や建築設計でここ数年お会いする機会が多かった。
そして、この10月13日に自ら手掛けた朝日地区の龍泉寺改修を見せて頂いたのが最後になりました。

湯ら里で昼食をともにし、「快気祝いは盛大に・・」と別れました。
別れぎわ、前を行く車の窓から手を振る瞬間が忘れられません。
さようなら。
いや、どこかでまたお会いしましょう。

2019年12月26日木曜日

年末の旅・終り

12月14日の会津田島でのベートーベン・第九合唱から始まり、11泊12日間・2200㎞の旅が無事に終わりました。

車を使ってのこのような長期の旅は、実は初めてでした。
これは車の性能が良くなり、正確なカーナビがあるからできたことかもしれません。

24日、朝から彦根城を観、その後岐阜に移動し、今回の目的の一つ「岐阜みんなの森図書館」を訪問。
国宝・彦根城天守

しかしながらここでミス。
何と、月に一度の閉館日にぶつかりました。
事前に調べたつもりでしたが、月末の火曜日だけが休館・・・に気が付かなかったのでした。
おおおお、何とした事か。
結局、併設のスタバで昼食をして・・・周りをウロウロして入館は諦めました。
岐阜みんなの森図書館

仕方なく、急きょ美濃の「うだつの上がる街並み」に移動。
紙漉きの街並みを観てきました。
美濃の街並み

最後の宿は「鵜匠の家・すぎ山」
最近は朝は勿論、夜もブッフェスタイルが多い中、こちらは昔ながらのサービスでした。
私はこのほうが良いのですが、富美恵は朝食にパンが無い、と不満な様子。

最終日は460km走りました。
名古屋の街中を高速で通過し、途中静岡県で「ねむの木こども美術館どんぐり」に立ち寄り、子供たちの絵を拝見しました、感激。
ねむの木こども美術館どんぐり
来年も旅を・・・企画したいな。

2019年12月23日月曜日

年末の旅・3

22日、倉敷では観光地として良く知られるアイビースクエアー、大原美術館などの景観地域を散策しました。
予定では「ベネッセアートサイド直島」の地中美術館や豊島美術館などへ行きたかったのですが、島へ渡るのがしんどくて、予定を変えました。

お陰で、倉敷を中心に活躍した「建築家 浦辺鎮太郎の仕事」展を観ることが出来・・収穫でした。
大原美術館の前で

アイビースクエアー

浦辺鎮太郎さんの展示

この日の夕方、岡山のホテル(三井ガーデンホテル岡山)にて芳賀沼整(南会津町の建築家)氏の訃報が入りました。
とてもとても悲しい連絡でした・・・号泣。

今日23日、彦根に移動しています。
途中、近江八幡の「ラコリーナ近江八幡」が目的です。
草屋根の建物、藤森照信先生の仕事は実に面白い。
中身は洋菓子の「たねや」です・・・バームクーヘンが良く知られている?
これが緑色の時に来たかった



天井の黒い点々は木炭

いずれにしても、県外からも多くの方が来ていました。
宣伝効果抜群・・・建築の力で、成功している例でしょう。
現在増築の予定があるようです。

2019年12月21日土曜日

年末の旅・2

金沢から京都府宮津、鳥取県三朝、そして今日は倉敷に居ます。
この間、出来るだけ町の様子が知りたくてひたすら一般道を走っています。

しかしながら心配したのは嘘のように、道路事情は良く、多くの場所で立派な専用道が整備されていました。
金沢から宮津までには、関西電力の原発が数多くあり、そのお陰か?道路あるいは公共施設が他より良く整備されているような印象を受けました。

戦後、引き上げ船が寄港した舞鶴港は、今はその面影はありませんが、海上自衛隊の軍港に大きな軍艦がひしめいていたのには驚きました。

宮津では天橋立が大きな観光地になっています。
少し離れた伊根の舟屋はむかしから訪れたいと思っていた場所です。

伊根の舟屋群

鳥取県倉吉市の伝統的建造物群保存地区。
倉吉の白壁土蔵群

縁あって出かけました。
そのことはまた別に書きます。

そして今日は、今回の目的の一つ「あの場所にもう一度」・・・三徳山三佛寺の投入堂。
山の奥の投入堂まではたどり着きませんでしたが、50年前を思い出すことが出来ました。
三佛寺本堂前


50年前の山道入り口

投入堂にて

2019年12月18日水曜日

年末の旅

12月後半は雪の降り始め。
積雪を気にしながらの生活から・・・解放するために・・旅に出ることに。

見てみたい建築、過去の旅行の想い出の場所へ再び。
そんなことでコースを、北陸から始めることにしました。

16日、黒部・宇奈月温泉に宿泊し、17日は富山市経由で輪島市泊。
富山市庁舎


岩瀬浜の舛田酒造店

そして今日は、輪島市から金沢市に移動し、3つの名建築視察。
金沢21世紀美術館

鈴木大拙館
谷口吉郎・吉生「金沢建築館」
久々の金沢は何だかワサワサしているような気がしました。