2018年6月25日月曜日

毘沙沢がにぎやか

この季節は山が元気、毘沙沢も元気。
こんな山の中ですが色々な方の訪問があり、ここ数日賑やかです。

「子供が育てば まちが育つ」とのコンセプトで、子供たちの豊かな生活と、心身の発育を考え行動する皆さんの訪問がありました。
「ただみMOKUIKUプロジェクト」を考え、実現するため、わざわざ毘沙沢の山の中まで訪ねて頂きました。

木工に少しは体験を持ち、建築にも少々知識と経験がある・・・そんなことで少しでもお役に立てればと思います。
予定をオーバーして、夢のある話に花が咲きましたね。
ありがとう。

木工機械の樋口さんが、わざわざ宇都宮から研ぎ上がった刃物を携えて来てくれました。
久々に、我が家の機械をチェック。

お隣の岩〇さんと・・お茶・・・。
家の前の蔵の片づけなどしています。

そうそう、ニホンカモシカの訪問もありました。

毎年南の国から子育てに飛来するブッポウソウも元気に飛び回っています。

田舎暮らし、山奥の暮らしは魅力的。

2018年6月19日火曜日

切り分け作業一段落

6日に書いてから、しばらく時間が経ちました。
骨太で、存在感のある仕事には沢山の材料を使います。

岩手のミズナラを使っていますが重たくて硬い。
必要な材料を取り出すために、だいぶ時間を使いました。
切り出した部材、奥に立っている板は長さ2m

今日、何とか8割がたの材料を切り出すことが出来ました。
部材数57点・・・ま、一段落。

これで、なんとか製作作業に取り掛かれます。
1点物は大変です。

2018年6月17日日曜日

林道の一部舗装

「毘沙沢林道の舗装について」、平成24年と25年に布沢区から陳情して6年が経過しました。
そして昨年、林道居住者がまとまって「毘沙沢林道の舗装等安全改善を願う沿線居住者の会」から再度町へお願いをしてきました。

そうした努力が実って今年、ようやく一部急坂箇所について舗装されることになりました。
舗装予定箇所

今回は、林道の下流側の100m。
そして来年以降(3年間は計画済み)各年100mの舗装を予定していると伺いました。

今年も台風のたびに各地で豪雨災害のニュースが報道されています。
舗装することで、林道が少しでも安全になる事は、沿線住民としてとても嬉しいことです。

宜しくお願いします。

2018年6月11日月曜日

昔の場所に集う

駒込小学校6年2組の遠足の集合写真。
その場所でまた写真を撮りましょう・・・と、6月9日「古希」の祝いを兼ねて出かけました。
駒込小学校6年2組
晴天なれど、台風の影響で蒸し暑い、なれど、鎌倉は大変な人出でした。
観光地などという場所に足を踏み入れるのは久々で・・・外国の方も沢山・・・。

正確には57年ほど前になる場所に、当時の写真を持って「このあたりかな・・・」などと探しました。

半世紀の間、大仏と背景となる山々は変化していないはずですが、周辺の階段や植栽などは変わっているように見えました。
ですから、正確には同じ場所には立てていないのかもしれませんね・・・。

楽しい経験でした。

2018年6月8日金曜日

育った環境

「昔の仕事・・・その22」で紹介の霞が関ビル。
竣工当時、私は未だ学生でしたので当初の設計には係ってはいませんが、その後の改修設計の関係者の一人、という事で写真の豪華本(竣工50周年記念誌)が届きました。


日本初の超高層建築、その誕生の記録です。
施主・事業者、研究者、設計者、施工者が一体となった組織で、行政をも取り込んで新しい価値を生み出した先人の記録です。

その後私が所属した事務所が、霞が関ビル設計関係者を中心に創設された事務所であることから、私の育った環境とも大いに関係していることがこの記録から色濃く感じられます。

改めて、そうした環境で私は育ち、仕事をしてきたのだと再認識・・・感謝。

2018年6月6日水曜日

切り分ける

工房での家具の制作は、大きな板を、目的とする大きさに切り分ける作業から始まります。
盛岡で手に入れたナラ

工房でストックしている材料は、作るものを特定せずに製材していますので、木取の作業はとても大切な時間です。
木と対話する瞬間でもあり、面白い時間とも言えます。

今回の家具はちょっと大物で、第一弾、大きなナラの板4枚を切り分けるのに2日を要しました。
切り分けられた状態

午後、Tさん来宅。
涙型カッティングボード・・・お買い上げ~~。





2018年6月3日日曜日

消えていく

団塊の世代である私たちは、拡大する社会、新しい物や仕組みを生み出す時代を生きてきました。
滅びる・・・消え去るという事は、身近に無い中ですごしてきたように思います。

それはとても幸せな事だったのですね。

我が家の前の土蔵が年々姿を変え、家としての体裁を失いつつあります。
壁が崩れ、取り残されていた過去の生活の道具たちが姿を見せています。
そして、少しずつ朽ちて行きます。

今日の土蔵


時々手を貸して片付けます。
ご苦労様と声を掛けたりもします。
使えそうなものは拾い上げたりします。

消えていくという事はこういう事なんですね。
そしてこれからの時代は、消え去るという事にも少し慣れないといけませんね。

外周の柱と壁板はクリ、中柱にはケヤキが、そして棟木(グシ)は立派なミズナラでした。