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2019年10月19日土曜日

少し昔の毘沙沢ー12

そういえば最近、毘沙沢の白山神社の様子を見ていない。
いや、正確には神社跡地。

家のすぐ前なのに社が無くなって、手入れをするお年寄りもいなくなって・・・。
思い立って草を刈り、木を切ったりしました。
昨日の白山神社跡
石のお社


神社の建っていた場所は草に覆われていますが、基礎が残っています。
石灯籠も何とか雪に耐えている。

白山神社がこの地を離れ(合祀)たのが平成18年12月2日。
あれから13年・・・この間にだいぶ変わったような気がする。
2006年12月2日の合祀の儀式



儀式の参加者


2019年8月1日木曜日

少し昔の毘沙沢ー11

1996年の事は「少し昔の毘沙沢ー9」で書き始めてその後少々時間が経ちました。
この年は年間25回来ています、延べ58日滞在。
改修に取り掛かって2年目、何とか宿泊は出来る状態になっていました。
右国が現在のキッチンとトイレ

寝室からリビング側を見る
現在の寝室はこの状態

この時期は只見町に知る人もいないのでひたすら毘沙沢一点を目指して足を運び、ただただ古民家の改修を楽しんでいました。
家の中の残材処理


車の掃除などもしてました

壁の塗装・・・父


23年前の事ですので記憶が薄れていますが、記録から、昨年旅立った父がこの年だけで6回12日間私に付き合って毘沙沢に来ていることが分かります。
駒込駅から朝一番の山手線に乗り、常磐線の柏駅で待ち合わせ、車でひたすら毘沙沢を目指しました。
当時77歳の父でしたが、嬉しそうに良く付き合ってくれたと思います。

この年は他にも訪ねてくれた友達がいましたので写真で・・・。

9月22日山口さんとイワナの里にて

1996年末の毘沙沢

舘岩では前沢集落の整備が進行中の年でもありました。
前沢集落入口の古民家移築?改修工事

2019年7月7日日曜日

少し昔の毘沙沢・・・10

昨日、南会津町針生にお住いの岡村健さんご夫妻をお尋ねしました。
先日の中村敦夫さんの「線量計が鳴る」の開催に尽力し、原発の責任は我々世代にあると3・11以来「さよなら原発」の活動を継続しています。
岡村さんご夫妻
奥様は料理のスペシャリスト

岡村さんは元朝日新聞の記者で、取材で針生につながり、その後移住しています。
私達とは、2004年にお会いし、その直後に取材を受けました。

2005年2月19日の記事、この時書いて頂いたコラムが毘沙沢のマスコミへの初デビューでした。
毘沙沢の記事

その時の文面から「少し昔の毘沙沢」を感じることが出来ると思いとりあげました。
この時期は未だ除雪という事をせず、冬は完全に埋まっていました。
懐かしいそんな時代の記事です。

2019年3月11日月曜日

少し昔の毘沙沢ー9

1996年
2年目に入って、4月末、未だ雪が残る中、兄の家族が視察。
我々は、近隣の観光などする余裕。

工事の再開は5月に入ってから始まったように思います。
ここでは冬の5か月は、お休み。

春の作業再開

古民家の改修は、古い物を処分したり、掃除をしたりが作業の半分。
外壁の工事は、ま、ぼちぼちとでした。
取り合えづ雨はしのげるし、室内にテントを張って宿泊も出来るようになりました。
現在の寝室はこんな感じでした

6月末、高橋さんと笠井さん来宅。

この春の森林の分校は未だ改装前でした。



2019年3月5日火曜日

少し昔の毘沙沢ー8

1995年は、結局65日を毘沙沢で過ごしました。
柏市から往復460キロの道のりを30回往復したと記録にあります。

事務所での設計の仕事も忙しい時期だったと思いますが、このようなことが出来たのは、毘沙沢が相当に面白かったのでしょう。
この年は11月3日に初雪を見て、11月末には大雪。
初雪の後、慌てて冬仕舞い

年が明けて、1月2・3日、14・15日と雪道を歩いています。
そして、2月3日は豪雪の中、ついに歩けず、諦めて戻った経験をしました。
1月初めには屋根に煙突がありました

1996年1月14日、雪の為煙突が落ちる

玄関から入れず


1996年2月3日の小林の雪景色

この頃は未だ、豪雪の何たるかが良く理解できていなかったのだと思います。
ただただ面白かった時期です。

2019年2月27日水曜日

少し昔の毘沙沢ー7

1995年
依頼工事が一段落したのち、発注していた外壁材が届くまでトイレ用のタンクの埋め込みや、父(電気工事資格者)の手伝いで配線工事などしていました。
依頼工事が終わったころの姿

囲炉裏のあたりから北の開口を見る

この年は雨が多く、7月中旬からの長雨で林道が崩れて通行止め。
それでも、無理をして8月12日に舘岩の㈱オグラさんからの材料が入り、外壁工事が始まりました。
8月中旬、北側の外壁

昨年亡くなった父・当時76歳だったのかな

秋までの間に、職場の仲間(10月8・9日:高橋さんと笠井さん)の応援も戴いたりして、遊びながら、少しづつ形になっています。
9月10日にトイレが使えるようになり、10月にはストーブmorsoとカナダ製の木製既製品窓枠が届きました。
10月末ストーブ設置
窓枠も一部11月初めに取り付けました


2019年2月25日月曜日

少し昔の毘沙沢ー6

1995年
セルフビルトです、と説明しますが、当初(江戸時代)以降の増築部の解体、屋根の鉄板化、骨組みのゆがみ直しは地元の大工さんや屋根やさんにお願いしています。
北西部の増築部は解体減築

ゆがみ直しで周辺は20~30センチほど持ち上げました

当初、屋根は茅葺のままで・・と思いましたが、すでに事情が許さない状況でした。
屋根は茅葺の上に載せています


現場監督(#^.^#)

工事は1995年5月中旬から6月末の間で行われたと思います。
その間私は5回ほど足を運んでいます。

そして、この間に次の段取りをし、7月1日に外壁などに使う姫子松材の板を舘岩のオグラさんに発注。

2019年2月23日土曜日

少し昔の毘沙沢-5

1995年になって
春を待ちかねて2月11日「只見の雪まつり」・・・ふる里泊
3月25日、たもかくにて改装打ち合わせ・・・福田屋泊
4月15日、雪の残る毘沙沢林道を初めて歩き、現地にて大工の酒井さんと打ち合わせ、片付け・・・只見荘泊

5月3・4日、連休で東北道が大渋滞、そんな中、家族で片付けなどしながら春を楽しみました・・・松屋泊
この時が、毘沙沢での活動が始まった記念すべき日です・・・もうすぐ24年が経ちます。
1995年5月4日





2019年2月20日水曜日

少し昔の毘沙沢-4

1994年12月3日、この秋4回目の毘沙沢。
翌年早々の工事の件で、「たもかく」の吉津さんとの打ち合わせ・工事契約だったのではないかと思います。
屋根の雪下ろしの為解体した下屋

この冬の屋根の雪は、前の持ち主にお願いすることになっていましたので、そのためすでに下屋の一部が取り壊されていました。
そして雪が降り始めていた。

この時の家の内部の写真です。
入り口側を見る

山の仕事道具

奥座敷

コタツの場所が囲炉裏
帰り道、木賊温泉に寄っています。
娘と木賊温泉にて

2019年2月14日木曜日

少し昔の毘沙沢ー3

1994年9月10日、当時この町で唯一不動産仲介などしていた只見木材加工協同組合の吉津耕一さんを訪ねています。
「田舎暮らし」などの雑誌に仲介物件などを掲載しているのを見ての訪問でした。

この時すでに、この町では空き家が少しづつ出てきた時期だったのでしょう。
長浜と幾つかの空き家を、若い酒井さんにご案内頂き、最後にたどり着いたのが毘沙沢でした。

毘沙沢林道にはいくつかの別荘がすでに建ち並んでいました。
お隣のIさんの、藤吉さんから譲り受けた家も改装が終っていた。

その後、10月15日に富美恵と下見に来ています。
11月5日に購入を決め、12月3日に契約(梁取長佐宅)。
以下3枚は1994年10月15日の毘沙沢
後ろの土蔵と神社は今はありません


白山神社の脇から撮影

その当時の写真を見ると、まだまだ田畑が耕作されているのが分かります。
今見ると、とても懐かしい風景です。