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2015年4月29日水曜日

あの時 あの人 あの山河

前々から、布沢集落の想い出の写真集を編纂している話は聞いていました。
2日前に、届けて頂きました。

昔の写真を集めるのも大変だが、年代を特定するのに苦労したと話していました。
興味深い取り組みです。
こんな時代も有ったんですね

昭和10年、布沢分校に農繁期託児所が併設されたことなど、今では考えられません。
太田に製材工場や製缶工場が有ったなど、とても想像が出来ない。
山の仕事も

貴重な写真集です。

多くの先人の歴史をビジュアルに見て、想像できるのはとても面白いし、このように多くの方がこの地に育ち生活していた証は、文字ではなく、顔を見てさらに身近に感じます。
毘沙沢には私達も

昭和44年の水害

中には私の知る人も、若い姿で登場している。

布沢を出て生活されている方、是非この写真集を手にされることをお勧めします。



2014年11月5日水曜日

エコパーク進行中?

町の文化祭に出品すると景品が頂ける。
今年は、写真の手作り「台ふきん」2枚と500円の商品券。
文化祭の景品「じねぇんと」の「台ふき」と、南郷婦人会の石鹸

2枚の台ふきんは、社会福祉法人「じねぇんと」の利用者とボランティアの方々の作成と書かれていました。
これは今までの景品の中では一番よいぞ、もらって嬉しい景品だ。

南郷の道の駅「きらら」に寄ると、存在を確認します・・・南郷婦人会の作る廃油石けん・・・これも嬉しくて買います。

少しずつ、少しづつ変わってきているぞ奥会津・・・数年前の文化祭の景品が合成洗剤だった・・少しずつですが・・・・良い事良い事・・・エコパーク。

2014年8月29日金曜日

ブッポウソウと民具収蔵展示施設のその後

昨日、早朝に、ブナセンターのEさんと学ぶ会のK子さんが毘沙沢にブッポウソウ調査。
数日前まで私は、既に南に向けて飛び立ったと思いこんでいたのですが、実はまだ居たのでした。
お二人は、昨朝3羽を確認しています。

果たして何時ごろ、どのような形で南への渡りに入るのでしょうか。
とても興味があります。
あの小さな体で、どのような高さを飛んで、どのようなルートで移動するのでしょうかね。
南への旅は何日ぐらいかかるのかな?
冬の間はどの国で、どのような環境で暮らすのでしょう。

只見町民具収蔵展示施設の検討委員会が7月26日と8月25日の2回開催されました。
この会議をもって、基本構想のまとめとするようです。
8月25日の会議は内容の濃い会議だったと思います。
まだまだ実現までの道のりは長いと思いますが、町民の皆さんが元気になれる企画に育ってくれることを願います。
最後まで、見届けたい、協力もしたいと思っています・・・・関係者の皆さまよろしくお願いしますね。

2014年8月24日日曜日

奥会津博物館

毘沙沢は泉田組
只見町は現在、民具収蔵展示施設の建設に向けて検討をしています。

土曜日の吹奏楽の練習の前に、会津田島にある奥会津博物館を観てきました(2回目)。
民具が沢山展示されています。
外には民家が4棟移築されています。

奥会津全域に及ぶ展示の中には、毘沙沢に係わるものもありました。
江戸時代は、泉田組(現在泉田は南会津町)に属していたこと、今のような行き止まり道ではなく、梁取から布沢に抜ける道が有効に機能していた。
話には聞いていましたが、奥会津の木地師集団の中に、毘沙沢が含まれていた。

毘沙沢に木地師が居たのだ

木地師の展示、山仕事の道具など、面白いものが沢山。
木地師の仕事、ブナの大木から器の木取り

木を扱う道具は美しい

移築民家では、藍染の体験と食事が出来ます。
4棟が集落のように配置されています」

藍染体験中

田島吹奏楽団は現在、9月13日のエミネンス祭り(私は残念ながら不参加)に向けて練習中。
若いメンバーも増えて、活気が出ています。
若い新しいメンバーも増えています

2014年8月6日水曜日

8月3日の出来事

2日の夜、ちょっとしたミスでパソコンが故障。
素人は何をしても手におえない。

「困ったな、どうしよう」という気持ちを引きづって「只見ユネスコエコパーク登録記念シンポジューム」に参加。
沢山の顔見知りに出会えて少し元気になりました。

シンポジュームは第1部と第2部を拝聴しました。
松田裕之(横浜国立大学)先生の「ユネスコエコパークと地域振興」はエコパークのそもそもの位置付けと制度の背景、目的が、短時間に分り易く解説されていたように思います。

北海道黒松内町の北限のブナをテーマにした活動、新潟県十日町市の幅広い精力的な活動、徳島県上勝町の人の顔の見える山の再生、この3地域の取り組みが印象に残りました。

■自然の恵みを利用する・・・・自然の使い方を人間が折り合いを付ける。
■使用していく文化も守る。
■自然を地域の暮らしに生かしていく、そうした人を育てる・・・・。
■「持続可能な発展」をどう考えるか・・・新しい地域資源を発見創出しながら・・・。
■ユネスコエコパークを使いこなす。

こんな言葉が頭の中に残りました。
只見町のエコパークはこれからが始まりなんだな、と思いました。

実は、途中、湯ら里を離れ、南会津町大桃地区の「大桃夢舞台」へ移動。
桧枝岐から少し下流に素敵な建物が残っているのです。
そして、田島の子供歌舞伎の演技が良く似合っていました。
杉山を背景にした大桃の舞台


子供とは思えない熱演

常連もいるでしょうか?桧枝岐と比べると家族的

森に囲まれた、写真のようなこんな空間が、ひっそりと・・・・得をしたような気持になりました。
茅葺屋根は良いですね。
このような空間と演出が、あちらこちらにちりばめられていたら、只見の町もエコパークに相応しい町になるのだが、と思いました。

先ほどパソコンが復活しました!(^^)!。

2014年7月28日月曜日

布沢の森の音楽会・・・終わる

会場風景・開始時
リコーダーの3人
潤子さんのピアノ教室の生徒さんの年に一度の発表会、これへの便乗参加も定例化してきました。

学校の夏休みの最初に・・・・ということで例年大変暑い会場になるのですが、幸い当日は朝から雨がちらほら、涼しい環境での演奏で、大汗かきの私には助かりました。

第一部のピアノ発表に続き、第二部の我々の演奏は色とりどり。
オカリナ、リコーダー、オーボエ、フルート、サックス、ホルンに南米の楽器ケーナとサンポーニャ、そして合唱と独唱などが色々なジャンルの曲を披露しました。
私のソロ《いのちの記憶》
フルート3重奏

二部の最後は麻衣ちゃんのソロでした

反省会・・・盛り上がりました
素朴な会場で、今時珍しい座布団を敷いた田舎の演奏会が何んとも良い感じです。
会場はこんな雰囲気

終了後、場所を変えて、反省会などいたしました。
また来年も、元気に演奏が出来ますように。

あ、書き忘れていた・・・毎年、針生から岡村さんご夫妻、ありがとうございます。

2013年12月24日火曜日

第九・合唱が終わった

前日のリハーサルから始まって、昨日の本番まで、とても楽しい時間でした。
前日のリハーサル

初めてのオーケストラとの音合わせは、ステージの上で1時間半、みっちりでした。
照明がキラキラして、汗もかき、最後は頭がくらくらしていました。

それでも、ベートーベンの考えた曲を、皆で作るのだというモチベーションは、最後まで高く維持されたと思います。

半年に及ぶ練習は、時に辛いこともありましたけれど、そのおかげで、人と人とが強くつながって、本番はとても楽しいものになったのだと思います。
スクリーンの舞台の状況を見ながら出番を待ちます

そして、演奏後の打ち上げは、大きな事を成し遂げた喜びで1つの輪になったようです。
まるで、卒業式の謝恩会のようでした。
打ち上げは、気持ちが1つになっていました

私にとって、音楽は聴くことより演奏することが楽しい。皆で作り上げることが楽しい、と思われます(聴きに来てくださった皆さま、すみません)。
その意味で、第九・合唱はとても良い題材で、それゆえに何時までも多くの場で演奏されるのだと思いました。

私達は来年も、きっとどこかで第九を歌っていると思います。
関係者の皆さま、楽しい時をありがとうございました。

2013年12月21日土曜日

いよいよ本番・・・近し

少し前の記事です
半年前から練習してきたベートーベンの第九、合唱の本番が近づいてきました。
明日・・・前日のオーケストラとの合同練習に参加する為、柏を早朝に発ち、お昼前には田島入りします。

オーケストラとの音合わせはどんな感じでしょうか?上手く所定の場所で正確な声が出せるだろうか?と心配もあるのですが・・・これだけ練習したのですから・・・・・。

風邪を引かないように注意もしてきたし、体調は悪くない。




2013年12月15日日曜日

充実の日々・その2

久々にホテルで目覚める・・・外は吹雪。
9時30分からの第九・合唱の練習に向けて、お蔵入り交流館へ。

音出しの後、本番のステージで10時から練習開始。
今回の2時間の練習は、あっという間に終わったような気がしました。
皆、集中し、大ホールの音の響きに酔いました。
本番はこの倍の150人の合唱となるようです

指揮者、髙橋裕之さん

あとは、22日・23日のオーケストラとの合同練習・・・そして23日14時からの本番。
いよいよです。
会津田島

練習終了後、只見参加者・・・サナエさん、恵子さん、麻衣子さんと遅い昼食・・・祇園会館。
そして私達は、毘沙沢に戻れませんから、柏に向かいました。

激しい吹雪も、峠を越えて那須塩原まで来ると、嘘のように、雪の無い景色に変わります。
関東は、北風が冷たい。




2013年12月11日水曜日

明和自治振興会からの要望書

明和自治振興会の広報第5号(12月1日)に、「民具収蔵展示施設を地域づくりの拠点へ」という記事が掲載されました。

内容は、現在町が計画を進めている「民具収蔵展示施設」に対して、自治振興会が10月16日に町長並びに教育長宛てに提出した要望書の趣旨と概要です。

要望書の概要
在来の博物館ではない、地元に密着した生きた施設にしたいという趣旨です。この内容には私も賛成です。民具という性格からも、将来にわたって地域の人々と結びつきの強い施設にしていただきたいと思います。その為に、基本構想の段階から、住民との深い議論、意見交換が必要だと考えています。


2013年12月2日月曜日

庁舎その後・・・の続き

「庁舎のその後」を書きましたら、下記の投稿を頂きました。

公共施設の公開プロポというのは滅多にないチャンスなので多くの建築家が全力で提案書を作成し提出したと思います。そう云うチャンスを提供した主催者はいい仕事をしたと思うが、一方その社会的責任も生じます。当選者はさあこれから計画案を具体化しようと云う矢先の出来事でさぞがっかりした事でしょう。もともとプロポというのは案を選定するのではなく設計者を選定するものだと割り切ればこうした事もあり得るかもしれません。しかしその変更内容が後ろ向きであるとすればお互いにとって不幸な事に違いありません。プロポ以前にもっと真剣に検討されていてしかるべきだった様に思えます。

この内容は、建築に対する、建築家の立場をよく理解しての内容になっています。
残念ながら、只見町のような小さな町には建築家が身近に常時活躍する場がなく、また、そうした建築家の仕事に触れる機会も少ないのです。
ですから、建築家(町サイドのコンサルも含めて)に何を期待し、どのように接したらよいのか分らないということがあります。

私は、この件には、設計者選定に参加しましたので、多少の責任があると思っています。
しかしながら、残念なことに、現在は進行に関わりの持てる立場にありません。

町民にとって、果たして何が必要なのか、庁舎はどうあるべきか・・・町民に現状を正確に伝え、今こそじっくり話し合う場が必要なのだと思うのですが・・・と、言うしかありません。

2013年11月30日土曜日

本番が近付いてきたぞ

夏の前からスタートした第九・合唱の本番が1か月を切りました。
不安から始まったのですが、いや、いまだに不安はありますが、楽しさが大きくそれを上回っています。
ベートーベンが・・・・・

このイベントを支えている多くの人たちの努力を見ていますから、なおさら気持ちが引き締まります。

昨晩は3回目の指揮者による練習。
う~、さすがにプロの指揮者はすごいぞ。
我々を音楽・ベートーベンの世界へと引き込み、全員の心を1つにしていく力。
指揮者はやたらと恰好良い

あ~、参加して良かったと皆が思いながら帰路についたのではないでしょうか。
外は冷たい雪が降っていましたが、心の中は温かかった。



2013年11月29日金曜日

庁舎のその後

只見町は、現在新庁舎の設計の最中であります。
本来の予定では、今頃は基本設計の終盤のはずでした。
しかしながら、この春、設計スタートと共に横やりが入り、中断しました。
こうしたことは建設には、付き物なのでありますが、残念です。

何が残念かというと、庁舎建設は町にとって大変重要な施設であると共に、その建設は町の将来を左右する、いや、設計の過程が、町民とのやり取り、盛り上がりが町を元気にする、町活性化の起爆剤として期待されていたからです。

事の原因は、只見地区の地区センターの扱いです。
設計者選定のプロポーザル段階では地区センターは庁舎と合築で考えられていて、それが一つのテーマとしてプロポが争われた経緯があります。
吉松さんの提案する「ただみリビング」はそうした中で生まれ、只見町の将来の人的交流と若者の似合う明るい只見のイメージ作りに一役買うだろうと期待された訳です。

多くの町民とは関わりのない中で、一部住民と、議会の力で、残念ながら只見地区センターは庁舎から切り離されることが決まりました。

しかしながら、庁舎は単なる事務所では無いのだ・・・・・庁舎は町民の生活の場でなくてはいけないと思う町民が沢山います。

町民がぶらりと行ってくつろげる場、観光客が一時を過ごせる場、本を読んだり御茶を飲んだり、おしゃべりしたり遊んだりできる場。町民と町職員が何気なく近づける場・・・・そんな町民の意識の中心となる場は、たとえ地区センターが分離したとしても庁舎として取り込まなくてはいけない重要な要素だと考えて頂きたいのです。

庁舎を企画検討されている職員の皆さま、これは、今までのこの町の生活の中では気が付かないことかもしれませんが、これからの若い人たち、外からこの町に住んだ人やお嫁さんには必要なことなのだと信じて、自信をもって進めていただきたいと思うのであります。

そんなことを話し合う集まりが最近あったことを報告しておきます。






2013年11月26日火曜日

ドキドキします

先日から、何やら車の調子がおかしい。
もうすぐ13年、18万キロですから・・・そしていよいよ昨日エンジンが動かない。
この時期の車のトラブルは困ります。雪との駆け引きが必要な時に・・・・。
バッテリーが原因ではない
こうした地では、何時でも飛んできてくれる車修理工場が必要です。
車検も修理もいつも同じ担当者・・・・ホームドクターですね。

「明日、車取りに来ます」と言って代車の手配をしてくれました。
とにかく、代車なしでは毘沙沢の生活は成り立たないのです。
もし、この故障が雪のバンバン降るタイミングだったらと考えるとゾ~です。
今週末、再び雪の予報、ドキドキです。

町の要請で、Sさんが只見町の過去の水害を記録に残すべく調べています。
昔の人が残したこの木工品が少し話題です
毘沙沢も昭和44年の水害で被害を受けています。
そんなことで、ヒヤリングに来ました。
ついでに、過去の集落の生活なども調べているようです。

こうしたおしゃべりも結構楽しい











2013年11月10日日曜日

イベント報告

こぶし苑は只見町の高齢者施設、今日は「第3回こぶしよってけやれ祭り」。
小百合さんと梓之さんのお誘いで、ミニコンサート。
久々に、沢山のお年寄りを前にして楽器演奏と歌を歌いました。
最後に、予想だにしなかった「アンコール」・・・・用意していなかったア~・・・でも何とか。
喜んでいただきましたでしょうか。


そのまま、湯ら里の芸能発表会会場に移動して「コーラスはなみずき」で参加。
参加者の多くが60歳以上、観客も同様、というような中で、新たな発見・・・踊り、民謡、太鼓、謡曲など、昔からこの地に受け継がれてきたであろう演芸がとても素晴らしい・・・豊富。
コーラスはなみずき


只見の芸能発表会の演目の中で、コーラスが至って異端に見えてしまう、ということは、この地がいかに古いものを大切に受け継いできた地域であるか、の証なのかもしれない。

2013年10月26日土曜日

ユネスコエコパークは町を救えるのか

昨日、ユネスコエコパークネットワーク会議を傍聴。
7地域からの代表によるそれぞれの取り組みが紹介されました。

綾町はさすがに今が盛りの勢いで、現在の生の話題を提供していました。
当事者として、苦労ありメリットありの状況を冷静に分析して、次の行動に移そうとしている姿に感動しました。

屋久島は世界遺産の影に隠れていますが、今後エコパークを重要な要素として、まじめに取り組んで行くぞ・・・と言う、真摯な気持ちが伝わって来ました。

只見町は、今までの説明から大きな前進が見られなかったのは残念でしたが、「戦略的に取り組む」という力強い言葉が印象に残りました。
人口減少と高齢化に対して、どのような方法で具体的にストップをかけるのか、楽しみです。期待しています。

とはいえ、実はそんなに簡単ではないとの思いを強くしました。
エコパークの看板はそれなりの効果を生むでしょう、でもそれはその後の相当な努力無くして、町の現在の状況を大きく変えるような力にはならない・・・と思わせる内容でした。

エコパークはあくまで手段の一つであって、「戦略的に・・・・」の具体的な目的と目標をきちんと定めて全町的な運動とすることの必要性を改めて感じました。

2013年10月22日火曜日

私にも出来るユネスコエコパーク・まとめ

ユネスコエコパークは「生物多様性の保全、持続可能な開発、学術研究支援を目的に・・・と説明されている。
これでは、我々一般町民との直接の関係は無い?

しかるに「移行地域」などと、少々分かり難い名称で、「自然を生かして観光や教育の場とする地域を組み合わせて自然との共生を目指す」などと言っている。

自然と共生とは具体的にどうするのか??・・・と言う事から今回「私にも出来るエコパーク」などと言うスローガンで4回書いてみたわけです。

少々考えていて気が付いた事
■エコパークを目的としてはいけない・・・これを目的にすると認証取得でこの活動は終わる。
■只見町には「只見町民憲章」なるものが有って、5つが掲げられている。ここで全ては書かないが、その一に「豊かな緑ときれいな水をまもり、美しい町をつくりましょう」と書かれている。

この、「美しい町をつくりましょう」が、重要なキーワードだと気が付いたのです。
私達に出来ること、それはこの町を「日本で一番美しい町」にする事ではないでしょうか。

美しい町にするために、具体的に出来ることを見つけて、少しずつでも積み上げていく、その努力を惜しまなければ、そして、誇れる町になれば、多くの人が住んでみたいと思う町になる。
「多くの人が住みたくなる町」これが2つ目のキーワードかな。

「私にも出来るエコパーク」ではそんなことを考えています。

2013年10月21日月曜日

私にも出来るユネスコエコパーク・その4

その1とその2は「水をきれいに」、その3は「景観を整える」、そしてその4は世界規模で話題になっている温室効果ガス排出量の削減でしょうか・・・「空気をきれいにする」ですね。

只見町でも平成20年に「地球温暖化対策実行計画」を立て、目標を決めて温室効果ガス削減に取り組んでいます。

勿論豊かな森林が二酸化炭素を閉じ込めて空気をきれいにしていますから、これは大いに自慢できますし宣伝したらよいでしょう。
只見町は「年間何万トンの二酸化炭素を固形化していま~す」とか。

そこで、私にも出来るエコパーク・その4は
「化石燃料を使わずに、再生可能エネルギーで生活しよう」です。

只見町では昔から薪ストーブを使う人が多いしペレットストーブも公共施設を中心に使われてきましたから、これを更に拡大していけばよいでしょう。
冷房を必要としない地域ですから、暖房の燃料に気をつければかなり効果がありそうです。
そして住宅の断熱性能を高める事でさらに実効が上がる。

我が家では年間1000リットルほどのガソリンを消費します。
不便な地ですから、移動に車は不可欠。
次の車はハイブリッド車にしようかとか、ジーゼルがよいか?とか考えていますが、経済的事情もありますから、とにかく移動をしないように・・・・・が最大の対策であります。

少々歯切れの悪い話になりましたが、とにかく、目指さなくてはいけない方向は明らかなのですから、個々人がそれぞれに高い意識を持ち、少しでもその方向に努力する事でしょうか。
そして、皆なで、エコパークの町として(小水力発電以外にも)何が出来るか考える必要がありそうですね。
いずれ、化石燃料は・・・色々な意味で困るのですから。

そうだ、森林の分校に、県の環境税で購入いただいた7台のペレットストーブが有る。飾ってないで、どんどん使いましょう。

2013年10月20日日曜日

私にも出来るユネスコエコパーク・その3

只見の自然は美しいですね・・・では町並み景観は如何でしょうか?

町には「うつくしい只見町の風景を守り育てる条例」があります。
そして、具体的に守るべき詳細が「景観ガイドライン」として示されています。

会津地域では、大内の宿とか前沢集落とか、水引集落などで昔の茅屋根の景観を残す活動があり、注目されています。

只見町では残念ながらそれだけの古民家の集中した集積はありませんが、まだまだ多くの古民家が残っています。これらを今後どのように扱うのかは只見の今後の景観形成にとって大変重要な課題だと考えます。

しかし、簡単ではない。

そこで「私にも出来るエコパークその3」は、
■「屋根の色を統一しよう」です。好ましいのは古い茅葺に見えるようなダークな茶が良いようです。外壁は自然素材がベストですが、無理の場合、出来るだけダークに仕上げると良いでしょう。

■ブルーシートは、短期間の仮設以外は使わない。車庫の入り口にブルーシートをシャッター代わりに使うのを良く見かけますが、これをダークグリーンに変えるだけで景観は良くなります。

■町のレベルでは、橋梁が重要です、看板、電柱への対応も是非取り組んでいただきたいし、廃屋、大型廃棄物などの扱い・・・沢山、出来ることがありそうです。

景観のことは、簡単に直ぐに出来ることではありません。だからこそ住民皆でその気になることが大切です。
個人の個性より、町の個性を大切にしたい部分だと思います。

今、「日本で最も美しい村連合」に43町村6地域が登録されています。
福島県では、飯館村、北塩原村、三島町がこの運動に加わりました。おなじみの綾町も登録されています。
景観はユネスコエコパーク登録と同時に具体的に進めなくてはいけない重要課題だと私は考えています。

2013年10月19日土曜日

私にも出来るユネスコエコパーク・その2

「・・・・きれいな水をまもり・・・・」の第2弾です。
私は、過去に3年小さな田圃で米を作りました。また、ささやかな畑も少々やってきました。
それらは共に、農薬、除草剤、化学肥料を使わない・・と言う姿勢を貫きました。

除草剤を使わない田圃は最初の数週間の草取りが大変です。農薬を使わないと、時に病気になったように見えるとき、うろたえます。
でも、何とか作物は自然と出来てきました。
とはいえ、高齢で始めた私の農業は思いのほか身体にきつく、また農業に情熱の薄い私の田圃は3年しか続きませんでした。

ですから、大きなことは言えないのです。
でも、ユネスコエコパーク認定地の農家では今後、今からでも、農薬、化学肥料をどのように扱うのか、が問われると思います。

除草剤を使わない田植えの研究にも目を向けなくてはいけないと思います。
そして、安全な食べ物を作る町になることが今以上に求められるでしょう。

「私にも出来るエコパークその2」は、無農薬、有機肥料です。
自家用に作物をおつくりのお母さん方は、まだでしたら今直ぐにでも始めましょう。
そして、プロの農家の皆さんもエコパークは安全安心で今後もお願いします。
そして、エコパーク印で生産物を高値で売りましょう。

こんなことが少しずつでも出来れば、さらに川の魚が増える事請け合いです。
そして、魚でも稼ぎましょう。

追伸:今回のブログで1000回を記録しました。
5年半で1000回のペースは、2日に1回書いた事になります・・・われながらびっくりです。