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2019年8月1日木曜日

少し昔の毘沙沢ー11

1996年の事は「少し昔の毘沙沢ー9」で書き始めてその後少々時間が経ちました。
この年は年間25回来ています、延べ58日滞在。
改修に取り掛かって2年目、何とか宿泊は出来る状態になっていました。
右国が現在のキッチンとトイレ

寝室からリビング側を見る
現在の寝室はこの状態

この時期は只見町に知る人もいないのでひたすら毘沙沢一点を目指して足を運び、ただただ古民家の改修を楽しんでいました。
家の中の残材処理


車の掃除などもしてました

壁の塗装・・・父


23年前の事ですので記憶が薄れていますが、記録から、昨年旅立った父がこの年だけで6回12日間私に付き合って毘沙沢に来ていることが分かります。
駒込駅から朝一番の山手線に乗り、常磐線の柏駅で待ち合わせ、車でひたすら毘沙沢を目指しました。
当時77歳の父でしたが、嬉しそうに良く付き合ってくれたと思います。

この年は他にも訪ねてくれた友達がいましたので写真で・・・。

9月22日山口さんとイワナの里にて

1996年末の毘沙沢

舘岩では前沢集落の整備が進行中の年でもありました。
前沢集落入口の古民家移築?改修工事

2019年7月18日木曜日

只見町移住・定住推進プラン

町が今年度からスタートした「只見町移住・定住推進プラン」では、5年間の実施期間に200人の移住・定住者を受け入れるとしている。
1年間で40人となる。

そうした事業活動の核となるのが移住コディネーターで「・・・移住総合窓口を設置し、移住コーディネータが窓口を担う・・・」と書かれている。

また空き家の利活用に関しては「・・・地域おこし協力隊を採用し、空き家バンクのPR強化と全国版空き家バンク登録の随時拡大を図ります。・・・」とあります。

「広報ただみ」7月号に新たに採用された移住コーディネータと移住定住支援協力隊のお二人が紹介されました。

また、ユネスコエコパークの今後の事業の実施の中に、古民家の実態調査がとりあげられています。

以上、ここで取り上げた三点は私達明和自治振興会の中でも長い事議論がされてきたことです。
しかしながら日々の暮らしの中で、一地域での活動には限界があり具体的な形にはなっていません(空き家バンク開設の後押しや数件の空き家調査や利活用・事業化のための提案などはしてきましたが)。
今回町がこのような形で動き出したことは、移住定住者にとって喜ばしいことです。

町民参加はそんなに簡単ではないと最近悲観的ですが、町の前向きな姿勢を応援したいと思います。
生天目さんと今関さんに期待します。
そして、移住定住を考えている皆さんには大いに活用いただければと思います。

2016年9月29日木曜日

光を当てて頂いて・・・

このような場所に都会人が生活する事は「なんで、どうして・・・」などと疑問の対象です。

毘沙沢での生活・・・21年の間にも、何回かそうした事に答を求められる機会が有りました。
この答えはとても難しくて、いつも、それなりに語るのですが、果たしてそれで良かったのかと、その都度反省させられます。

昨日、「つなが~るズ」の皆さんが、雑誌記者・カメラマンと共に取材で毘沙沢を訪問しました。
建築としての家はその役割を終えたら静かに自然に戻る。
地球環境への負担を出来るだけ小さく・・・これがこれからの建築の有り方、そのように考え実践している皆さんです。
歓談しながら

朽ちかけていた毘沙沢の古民家を再生して生活している我々に・・・人を繋ぐ活動もしている毘沙沢の生活に光を当てて頂きました。
建物ツアー

こうした表紙の雑誌です

昨日、この場所で語られた5時間におよぶ楽しいやり取りが、11月10日号の掲載で、書店で皆さんの目に触れることになります。
とても楽しみです・・・ちょっと怖いです。

山の中の毘沙沢の生活に、先端の未来を予言する光を当てて頂いたことに、とてもとても感謝しています。

2016年9月2日金曜日

古民家調査

中心となる部屋
空き家利活用の中で、候補としている古民家の調査をしてきました。
年代ははっきりしないのですが、建設当時の状態が保たれています。

規模も良し、状態もまずまず。
そしてロケーションが実に良いのです。
現在、外観はこんな感じになってます

しかしながら、数年以内に何とかしなくては、大雪でもあれば危ない。

明和自治振興会と町との協働の中で、何とか実現可能な良い案を練りだしたいものです。
これから、改修案を作ります。

もっとも、「俺が使うぞ」と声を出していただける方がいれば、ご相談ください。

2016年6月3日金曜日

静寂の中で

毘沙沢に戻ると朝はホルンの練習が日課。
今の時期は田圃へも足を運びます。

布沢の民家の改修工事は着々と行われています。
昨日の現場

夜の「空き家対策会議」はなかなかに内容のある会議でした。
少しづつですが前に進んでいます。
若い皆さんのさらなる参加が望まれます。
会議が終わって・・・

今年もブッポウソウが子育てに来ています。
森の宝石は実に飛行が上手

毘沙沢では、奥会津ならではのきれいな空気と静寂、多様な生き物と共に穏やかな日々が営まれています。

2016年4月4日月曜日

イギリス人

今でもこうした屋根が珍しくない
この国の人達は、古いものが大好きで、住宅は未だに新建材なんてものは使いません。
それでも、住環境は快適を求め、壁や窓の断熱はしっかりしています。
古い車をよく見かけます

外壁は30センチほどの厚さ、窓の断熱もしっかりしています

ガス炊きの温水器1台で標準的な住宅の暖房と給湯をまかないます。
各部屋と廊下に放熱パネルを設置していて、寒さを感じることは無いようです。
娘の家の給湯器

郊外の住宅は、ほとんどが公園の中に住むといったしつらえ。
鳥やリスなどが住む自然な状態を好んでいます。
それでも、あちこちにゴミを捨てるのは平気なのが不思議ですが、それは町の仕事(税金が高い)と割り切っているようです。
住宅地は大体こんな感じ

のんびりした生活を好むように見えますが、車は猛スピードで飛ばします。
一般道の速度制限が60マイル(100キロ)などと言うのが普通です。

最近は、どこにでもスパーマーケットが出来ていて、安売り競争をしているのは日本と同じです。
でも、日本以上に合理性を追及していて、レジはベルトコンベヤーで流します。
スーパーのレジでは自ら購入物を並べます

私は、この国の国民性に何やら少し好感を持つています。
参考になるところもありそうです。


2016年3月23日水曜日

民家再生

布沢の大きな民家。
前々から、壊れる前に何とかならないか、と願っていた建物。
現在の状況(秋の写真)

幸いにして、首都圏のあるグループが取得し、改修設計に係わることが出来ました。
そして、昨日、施工者が決まった。
施主、施工者と

これで何とか、秋口までに再生する目途が立ちました。
有難い事です。

100坪という、大きな民家です。
今後、こうした事例が増えることを願います。


2016年3月5日土曜日

参考にしたい意見

私が書きたいと思っていることに触れていましたので、ここに投稿させて頂きました。

1.■は、この町の方の意見。
2.■は、この町へ移住を考えている方が、このブログへコメント頂きました。

今この町は、大きく変わろうとしています。
いや、変わらなくてはいけない時期に来ています。

参考にしたい意見です。

1.■《地域おこし協力隊の応募がない→当たり前の話である。全国の自治体が同じような内容で一斉に募集している中で、ちょっと情報発信しただけで集まるハズがない。自治体によっては金を使ってリクナビなんかを利用してるからね。地方移住というブームがあったとしても、競争だからその差はハッキリと出てくる。地域おこし協力隊は契約期間終了後、その地域で就職もしくは起業する事になる訳だが、契約期間終了後どうするか?ある程度イメージ出来なければ応募はしないだろう。仮に応募があっても目先の生活のためであり、優秀な人材である可能性は低い。
例えば真っ先に見るであろう町公式ウェブサイトをチェックして欲しい。
http://www.tadami.gr.jp

移住者募集!っていう告知はないし、移住者を歓迎している感じが伝わらない。「移住促進していない」→「受け入れ体制が整ってない」→「自分は地域に受け入れられるのか」という不安に繋がる。そんな地域に応募が殺到すると思いますか?日頃やるべき事をやっていない結果が現在の結果に繋がってると思います。原因があるから結果がある。この当たり前の事をもう一度理解するべきではないだろうか?
情報発信は日々の努力が必要であり、努力の蓄積が大きな資産になる。》



2.《お手軽にお試し的に移住してみる!と言う人には3年というのは高いハードルかもしれませんが、最低3年くらい頑張ってみるぞ!という程度の覚悟も無い人が来ても、何も出来ないのではないでしょうか。
ちなみに、私にとっての最大のハードルは上限年齢条件設定です^^;
なぜ、いつも地域おこし協力隊などの移住予備軍の招致プログラムでは「若者」に限定するのか疑問です。(今回は40代まで門戸が開いているので大いに進歩はしてますが)
もちろん、これから子育てする人を想定した募集の方が、人口増加にも繋がるから、移住してもらえば「一粒で二度美味しい」のでそれを期待してるんでしょうが、「虻蜂取らず」に終わるのではと強く懸念します。
貢献度(即戦力)と覚悟を期待するなら年齢制限を無くすべきでしょうし、貢献度と覚悟を度外視してお試しで良いからとにかく若者に一定期間只見町に居て欲しいのであれば年齢制限を付けて定着支援を厚くするなどプログラムを工夫し、明確にターゲットを定めるべきだと思います。
商品でもサービスでも同じですが、万人向けのものは誰にも刺さりませんので、誰も買ってくれません。》

2016年3月4日金曜日

地域おこし協力隊・その2

お隣の町にお住いのUターンの方からの投稿です。
都会と南会津郡の両方を良く知る方の考えとして参考にしたいと思います。

『趣旨はいいのですがこの条件では優秀な若者は応募しないのではないかと思います。契約条件が不十分かつ不安定です。南会津郡内ではいい条件かもしれませんが、月額218,000円はまだしも、最長3年間の更新、その後も只見町に居住する意思・・・、これでは躊躇せざるを得ないと思います。都市部の期限付き契約社員より大分劣るように思われます。』

その上で、是非是非、情熱と意欲のある方にお願いです。
私も、お手伝い出来ることは致しますので・・・・。

2016年3月2日水曜日

空家活用促進隊の募集

只見町が、新たに『只見町地域おこし協力隊「空家活用促進隊」』の募集をHP上にアップしました。
内容・条件は変わっていません・・・締め切りは3月末とあります。
只見町のHPから詳細を確認下さい。

募集応募資格に「三大都市圏をはじめとする都市地域に在籍し・・・・・」とありますが、只見町出身者で、現在上記条件に当てはまる方も対象になるとの説明でした。

Uターンして、故郷で活躍することも可能との事だと思います。
詳細は、町に確認の上是非応募いただきたいと思います。


2016年3月1日火曜日

春に向けて助走・その2

今日は一日激しい吹雪。
そんな中で新しい家具を開発中。
完成しましたら、ブログで公開しますのでお楽しみに。

そして、皆さまにお願い。
今、只見町では「地域おこし協力隊」を募集しています。
■締め切りが2月末とありますが、もし現在応募者が居ないようでしたら、応募期限を延長頂けるよう是非ともお願いします。(3月2日から新たに募集された事を追記します。町のHPを確認下さい。)

その一つが「空き家活用促進隊」。
業務概要は
1.空き家バンクに関する業務
2.空き家の利活用に関する業務
3.定住・移住促進に関する業務
4.その他、地域づくりに関する業務

毘沙沢も、明和自治振興会の中で今年も空き家に取り組みます。
ですから、是非是非優秀な若者に応募していただきたいのです。

町のHPに詳細が有ります。
2月28日現在、未だ応募者が居ないと聞いています。

このブログを読んでいただいている皆さん。
私も頑張りますので、是非仲間に加わって下さい。


2016年2月29日月曜日

春に向けて助走

東京からの施主と隣町の施工者と・・・。
古民家、空き家の利活用、活動が滞っています。
今の時代、片道1時間の雪上歩行は、私の動きに大きな障害なのです。
でも、4月から活動再開の予定でおりますので関係者の皆さまよろしくお願いします。

そんな中、昨日は、布沢集落内の古民家改築で施工者との打ち合わせが有りました。
正確には現場説明(見積もり依頼)であります。
設計図書を説明して、現場を確認する・・・・予定通り動いています。

そして、午後は布沢区の臨時総会に出席。
しばらく地元布沢での活動はしていませんでしたが、この町への協力は中央からでは難しいと感じることが多く、足元から・・・に作戦変更・・布沢区の皆さまよろしくお願いします。
布沢区臨時総会

春に向けて、助走スタート。

あ、今日、和子さんが遊びに見えました。
今年2回目・・・色々重たい物ありがとう・・・毘沙沢サポーターに感謝。




2015年4月16日木曜日

日本民家再生協会の季刊誌

日本民家再生協会の会員には季刊誌「民家」が届きます。
4月1日発刊の季刊春。

原啓さんが投稿していました。
昭和村の「旧喰丸小学校に会いに来てください」・・・身近な内容。
目に触れる機会の少ない文章なので、ここに投稿させていただきます。
画像をクリックして拡大して下さい


巻頭インタビュー、林望氏の「民家がのこらなければ日本の良さは残らない」は、私が普段感じている民家の重要性を的確に分り易く表現している。
そして、私の今の生活スタイルが間違っていない事・・・自信を与えてくれる内容なのでこちらも失礼して・・・と。
字が小さいですね




画像をクリックして、さらに拡大して読んでください

2014年11月9日日曜日

古民家解体から見えてくるもの

昨日、「古民家解体から見えてくるもの」・・ブナセンター講座に出掛けました。

丹後半島の民家の解体による使用材料の識別と、周辺里山環境との関係の調査研究。
ササ葺き屋根組の素材調査とササ屋根の保存。
富山大学准教授・奥先生の講演でした。

なかなか興味深い内容でした。
しかしながら、調査対象が築100年に満たない民家ということと、使用材が広葉樹ではなく松が主、という所に(古民家は広葉樹と思いこんでいる私)広葉樹大好き人間としてはちょっと残念感が残ったかな。


ササ屋根は、奥会津では木地小屋に使われていましたから、そうした奥会津との関係もからめて頂けるとより面白かったと思いました。

いずれにしても、古民家の保存という点に少し触れた講座が開かれたことに希望を持ちます。
この町の古民家を残すための活動につながると良いのですが・・・・。

今日は、只見町文化協会の第十九回芸能発表会でした。
コーラスはなみずきで歌いました。

2014年9月9日火曜日

古民家が危ない

身の回りで古民家が話題になっています。

先日、南会津町水引集落で茅葺き民家の保存をされている藤木先生から、「茅屋根ホーラム」(11月1日 in舘岩)の案内が届きました。
日本の中でも、群で茅屋根の残る景観は年々少なくなって来ているようです。
そうした状況の中で、当日はいくつかの取り組みが紹介されるようです。

FBで、大内宿での茅葺練習の風景がUPされていました。
南会津町にも前沢集落が有りますので、関係者が見学に出向いた様子です。
大内では、屋根葺き職人を自前で育て、あの景観を保っているということなのでしょう。
素晴らしい景観ですね

大内の宿、屋根葺き練習風景(写真は借用)

只見町では、鉄板の下に茅屋根を隠した民家は未だ100軒近く残っていると思われますが、茅屋根として見える形で維持されているのは2軒だけ?になっていると思われます。

私の民家調査はなかなか進みませんが、先日「空き家になっていて、今後どのように扱ったらよいか・・・壊さざるを得ない・・・のか・・・」との相談を受けています。
是非とも残ってもらいたいと思いますが・・・豪雪地では空き家を維持管理するのは大変です。
何方か住んでみませんか、改築相談承りますが

奥会津では、多くの古民家がここ10年ほどで姿を消すのではないかと心配されます。

ユネスコエコパークの流れの中で、只見町民具展示の場として、多くの民家の保存・移築を町にお願いしています。
このチャンスを逃さず、古民家保存がいろいろな場で検討されることを期待したいものです。

2014年8月24日日曜日

奥会津博物館

毘沙沢は泉田組
只見町は現在、民具収蔵展示施設の建設に向けて検討をしています。

土曜日の吹奏楽の練習の前に、会津田島にある奥会津博物館を観てきました(2回目)。
民具が沢山展示されています。
外には民家が4棟移築されています。

奥会津全域に及ぶ展示の中には、毘沙沢に係わるものもありました。
江戸時代は、泉田組(現在泉田は南会津町)に属していたこと、今のような行き止まり道ではなく、梁取から布沢に抜ける道が有効に機能していた。
話には聞いていましたが、奥会津の木地師集団の中に、毘沙沢が含まれていた。

毘沙沢に木地師が居たのだ

木地師の展示、山仕事の道具など、面白いものが沢山。
木地師の仕事、ブナの大木から器の木取り

木を扱う道具は美しい

移築民家では、藍染の体験と食事が出来ます。
4棟が集落のように配置されています」

藍染体験中

田島吹奏楽団は現在、9月13日のエミネンス祭り(私は残念ながら不参加)に向けて練習中。
若いメンバーも増えて、活気が出ています。
若い新しいメンバーも増えています

2014年7月21日月曜日

投稿から

7月18日のこのブログ「本当に消滅していくのか?」に対して、以下の投稿を戴きました。

水引集落の今後を考え、悩まれる気持ちが私にも良くわかります。
多くの方に山村集落再生塾の活動を知って頂くために、この場に改めて投稿させていただきました。
この度は、励ましのメール(ブログ)を嬉しく拝見いたしました。私が舘岩の水引に出会いましたのはたまたまのご縁
で、平成18年の大雪で一軒の茅葺屋根が崩落しているの出会ったのがきっかけでした。水引には、例えば国の重要伝統的建造物保存地区の選定を受けて観光地化している大内宿や白川郷などには無い自然な懐かしさがあり、これを次第に一軒一軒つぶして行くのは惜しいと思ったのが活動の初めでした。
幸い、毎年、かなりの方々に茅刈りなどのツアーに参加していただいておりますし、南会津町もいろいろと支援をしてくれています。
ただ、この先は茅葺屋根の居住者の高齢化、死亡に伴う跡継ぎの問題などによる空き家化などを控えており、さてこれからどうするか、と思案しているのが正直なところです。ともあれ、このように励ましメール(ブログ)を頂戴いたしますと、
なんとかして次の世代に今までの成果を引き継いでもらいたいものだと改めて思います。

ホームページはほとんど更新していませんが、「トピックス」にこれまでの「山村だより」のバックナンバーを置いておりますので、気が向かれた折にでもお目通しをいただければ幸いです。まずは、メール(ブログ)のお礼までとさせていただきます。

藤 木 良 明
NPO法人 山村集落再生塾
URL : http://www.sansonjuku.org/

2014年7月14日月曜日

大工は味方

里山での暮らしに、木工技術は強い味方だ。
少しの技術を身に着けることで、簡単な大工作業が可能になる。

棚を加えたり、軒先を補強したり、土台を直したり、簡単な差し掛け屋根ぐらいは作れるようになる。

里山の暮らしでは、その程度の木工技術でもだいぶ助かる。
今、下屋を掛けている。
資材保管用の下屋組み立て中

2014年6月8日日曜日

昔の人が残してくれた

梅雨に突入でしょうか・・・午後からしっかりと降り出しました。
こんな時、昔の人が残してくれたしっかりとした、たっぷりの空間と、それを守る大きな屋根に頼もしさを感じます。

200年を超える人々の営みを支えてきたこの屋根を、今後も守らなくてはいけないと思う瞬間でもあります・・・感謝しつつ・・・です。

豊かな空間と豊かな時間です。
只見町には今だに多くの古民家が残っていますが、見捨てられている物もあります。
生かさなくては・・・と、思います。
屋根の塗装が終わって落ち着いたトーンになりました

天井高さは4メートルほどあります

夕方が好きです



2014年5月29日木曜日

屋根の色

建築設計者は、現場に入ると色を決める作業が続きます。
外装材やペンキ、クロスや床材など、素材と共に色は重要な要素です。

最初の試練は、秋田のホテル、メインバーの赤い内壁の塗装の決定でした。
20歳代後半。
オーナーの承認を得てからも、最後の最後まで不安な日々が続きました・・・幸い成功しましたが、不安は竣工し施主に喜んでいただくまで続くものです。

色決めで、記憶に残るものは多いのですが、大きなものでは、霞が関ビルの外装。
当初、アルミの表面は電解二次着色という、電解処理がされていました。

この被膜が経年で痛み、塗装を掛けることになったのです。
色決めの過程として、外装の一部に数種類の試し塗りをし、いろいろな方々の承認を戴くという作業が、私達設計者の仕事でもありました。
当然、施主のお偉い方々、我が事務所のボス、そして霞が関ビルの主・郭先生等々・・・。

虎ノ門の高架橋の上から何回も何回も眺めて、大きな外壁の全体へ・・・・とイメージを広げる作業です。
納得しようとする努力でもあります。
屋根の塗装:スズカファイン株の「ココアブラウン」

わが家の屋根の色は、あ、これでいいや・・・などと簡単に決めました。
昨年、森林の分校ふざわの屋根の色が変わりました。
なかなか良い色です。
この色の事は、町役場で確認していました。
ですから、屋根の色に迷うこと無し。
空の青が写っていますが、実際はほとんど黒
わが家は関西ペイントのアクリルシリコン樹脂系ハイブリット塗料・・・色は「新ブラウン」ほとんど黒に見えます。

只見町の建物の屋根の色は、ダークブラウンで統一されると良いように思います。
個人の家といえども、町の景観を構成します。
少し強制しても良い、と私は考えます。