当時は水引では多くが茅葺屋根で、外壁も板張りだったように思います。
江戸時代(正確には明治19年と29年に大火があったので、その後の建物)の集落といった印象でした。
茅葺は存在感があります |
今日、久々に出かけました。
山村集落再生塾の藤木先生から、「解体した民家の古材で家具を造って頂きたい」という要請。
民宿「離騒館」でお会いしました。
この建物も一度はトタン屋根にしてあったものを、10数年前に茅葺に戻したとのことでした。
とても素敵な建物でした。
離騒館 |
現在も『橘 平六家」の修復が進んでいます。
山村集落再生塾のことは、だいぶ前から気になっていましたが・・・接して、脱帽。
左が藤木さん |
古材のカツラ・・これから家具を |
豪雪の地で、茅葺の集落を・・・・景観を残すのは本当に並大抵ではないはず。
1 件のコメント:
なつかしいかやぶき屋根の家! 特に トウモロコシ畑の写真がいいです! 昔は どこの農家もみな同じくこのような家でした。角になった所にある入り口から入ると、もう まどりがすべてわかります! 土間の近くには 杉の葉をいれた小便所。曲がり屋の方へ入れば ベゴ小屋、その先はとんぼ。「とんぼ」はトイレです。どの部分も詳しく書いたら、いくらでも長くなります!
道路を行くと、川向かいに見える集落は カヤ屋根の家ばかり見えました。昭和になってからは、「こば屋根」の家、そしてトタン屋根の家と変わってきました。今は 工場で耐震テストをした国籍不明の、住宅会社の家も多くなりつつあり、なんとも仕方ありません!
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